にくを削ぐかえり途
斬り上げていく方の心の声が「おきた」と言っていたから、幕末京都の刃傷であったようだ。
それにしても、皮膚からの震えが骨にまで沁みる嫌な夢だった。刺した刃は背骨をまたいで背中の先まで突き抜ける致命傷だった。破れた胃の腑からのおびただしい出血が腹の外ばかりでなく、首まで昇って、かたまりとなった血塊を何度も吐いてる。
何にも吸わせぬ女の生理は、こんな塊なのだろう。
静けさの中、身体に血を留めおかれなくなった男の嘔吐の音だけが響く。誰も眠ってなぞいないのに、雨戸をピタリしめた表店の、息を止め背中を向けたざわざわが、いっそう通りの刃傷に静寂を与える。
星明りしかない闇夜だが、円を描くように足元の血だまりが、水盆のような滑らかを照らしている。
夜目になれた眼なら、すでに刀を落とし立ちん棒の首筋に一刀くれれば絶命する刃傷なのに、この男の中に巣喰う残忍さがそれを許さない。
背中の向こうまでいっていた刃を手前に戻すと、これ以上胃の腑を傷つけず、ことが終わるまでに絶命せぬように、肉だけを下から上に向かって斬り上げる。
こうしたことには場数を踏み、慣れているようだ。
すでに、腑分けする死体に向かう冷静さで、肋骨を避け、脛骨を避け、頭骨の頬骨の一番肉の薄くなったあたりまで斬り上げると、そこから脇に三寸すすむ。
刃に少しでも余計の負荷がかかると、寸止めで止まった左の目ん玉がゴロンと零れ落ちそうになるから、「ここが一番気の抜けないところだ」と、教えてくれたような記憶があった。
あとは、かえり途だから。と、刃は己れの重みだけで流れるように滑りおちていく。
肉の切り出しを始めた致命傷の刺傷まで戻ると、京の町屋よりも細いウナギの寝床のような肉塊がベロリの舌のように垂れた。
立ちん棒の身体は少し揺れる。
が、左の目ん玉は零れ出してこない。
きっと、それが零れて、ベロリの肉塊を伝わり、水盆の血だまりに落ちたら、身体は遺骸にようやく変われるんだろう。
そんな、こちらの意識まで戻ったら、覚めた。