レナ·マスカルド②
初めの印象は、人形、だった。
何にも興味を持たず、虚ろな目は虚空を見ているかのようで、誰とも交流を、人を拒絶しているかのような少年だった。
神父からはここに来る前、モンスターがいる森に捨てられていて、奇跡的に襲わずに大樹の根の隙間にいたという。
そして幼かった少年はその時から捨てられたということを理解しているかのように、成長しても全く心を開くことはなかったという。
さらにこの少年にはステータスがない。
それはこの世界ではあっという間に死んでしまうそんな存在。
だからか。と、言葉に出しそうになったことを今も覚えている。何者になれずに儚く散りゆく存在を手放した親を責める気にはなれなかった。
この世界ではステータスは絶対だ。
何もしなくても成長に連れて勝手に上昇する。
その人の性格や生活。修業などで上がるステータスの内容は変わってくる。
私のようにひたすら強くなるなら"力""速""技""体"を鍛える。
あと3つの"心"は自然と強くなる。"運"に至ってはそれこそ経験値が物をいう。そして"魔"は元々備え持った魔力である。
用はどれもこれも鍛えられることの出来るもの。
それを、ステータスを持たないだけで、そのものは最弱となる。
力も、速も、技も、体も、心も、運も、魔も、最低限値しかないのなら………
そんな少年は教会から離れた小屋に引き籠もっている。
いや、そこから出ることが許されないのだ。
出てしまえば最悪死んでしまうことがあるのだ。
ちょっとしたイザコザも、少年にとっては死に直結してしまう。
子供の喧嘩も、赤ちゃん相手にやれば一目瞭然。そんな状態なのだ。
そんな少年相手に私は何をすればいいのか??
どう接すればいいのか??こんな壊れやすい少年を私が担当出来るのか??
言葉も出さずに立ち尽くす私に少年は軽くお辞儀をしたあとに足元にあった本を手に取り読み始めた。
この小屋には大量の本が存在している。
絵本から料理本、小難しい教科書や聖書。見ただけでもこの世界のことが読めば分かると思う程に揃えてあった。
そしてそんな大量の本の中でも数の多い"古い本"
それはいわば"魔導書"と呼ばれる今は使われることのない古き遺物。
人はいま"技"というステータスは技術を取得し、"魔"というステータスで魔術を習得する。その魔術を育てる事で魔法を使うことが出来るのだ。
だからわざわざ魔導書を読み、理解し、詠唱しなくとも魔法は使える。
自分の内にある魔術を読み解けば簡単に扱えるのだ。
そのために誰もが魔導書を手放した。古い魔法はいらないと捨てた。
そんな魔導書が山のようにあり、それを暇つぶしに読んでもる少年。
いや、読んでいる。ことはないだろう。
この魔導書は古代語であり、いまでは魔導教会でも最高位であるものでしか読めたいと聞いたことがある。
それをこんな少年が…………
「…………荒狂う風と共に……いや、"荒狂う嵐を盾に"………」
「ッッ!!!??」
信じられなかった……この少年は、この魔導書を確かに読んだのだ。
それが合っているかどうかなんて関係ない。
もしかして適当に言っているだけかもしれない。
しかし、それが間違いだということはすぐに分かったのだ。
魔導書の周りに魔力が集まってきているのだ。
きっとステータスを持たない少年には見えないその魔力が、読み解かれて魔法を発動しようと集まってきているのだ。
つまりはその魔導書を読んでいる。
魔導教会の最高位しか読めないそれを、こんな小さな少年がッ!!
(一体…、どれだけの時間を費やしてきたというの………)
赤ちゃんの頃からここにいたと聞く。
つまりは物心ついた時にはここが家だと認識し、そして出られない牢獄と理解し、この閉鎖空間の中で唯一と言っていい希望だけを読み事だけが生きる意味と………
それは、あまりにも地獄……
いや、この少年にとってはこれが日常なのだろう。
外に一度も出なければそれが日常となる。
あまりにもいつもの時間を淡々と過ごす少年に私は自分のやってきたことを重ねてしまった。
そうだ。この少年は私なんだ。
周りを見ずにただ目の前のことをやり続けただけ。
それは自分にとって当たり前だと思ってやっていただけ。
だけどそれはあまりにも孤独すぎた。あまりにも悲しすぎた。
何も信じられずにずっと内に籠もる。
まるで世界にたった一人だけしか、いない、ような……
気づいたときには私は少年を抱きしめていた。
一体何が起きたのかと慌てている少年をよそに私は無意識に流れる涙を見せないためにその腕を解くことが出来なかった。
それからだ。
私がこの少年に興味を持ったのは。
毎日毎日本を、魔導書を読み続け、普通ではありえないほどの魔法を取得していく。これがどれだけの偉業を為しているのかきっとこの少年は分かっていない。
触れるだけでも壊れそうな少年を私が守ろう。
この先、きっとこの少年は世界を動かす。いや、世界を変える人間になる。
それを私が間近で見届ける。これが私の今のやりたいこと。
守りたいという気持ちが愛おしくなり別の感情になるのはそんなに遠くない未来だった。