フラッシュバック
聖女の娘しか聖女になれない。
しかし、聖女の娘は私だけではない。
昔々、ボシナル聖導王国の建国時に、新王を導いたという聖女は5人組だった。
その5人の聖女の子孫が、代々聖女の称号を受け継いでいる。
つまり現役聖女も私の母親であるクラジーナ様の他に、国内に4人いらっしゃるのだ。
その内のお一人が現国王のお妃様、イェリン様だ。
国王陛下夫妻に娘が生まれれば、その王女様も聖女の娘だ。
『聖女の娘は王子と結婚する』という定めがあるが、血の繋がった兄妹で結婚はできない。
そのため、聖女は代々5つの家系に存在しているのではないかと思う。
5つの家系から生まれたどの聖女が次期国王の妻になるかは、生まれる前から決まっている。
順番に、レンダール家、レーヴライン家、ヨーセン家、エングクヴィスト家、デールセン家と巡っているそうだ。
そして幸か不幸か、私は当たり年の聖女だ。
エングクヴィスト家の聖女の娘が、次期国王の妻となると決まっている代に誕生した。
しかし病弱で歌の才能がなく、見た目もぱっとせず、サボりぐせのある怠け者。
幼い頃から何度も死にかけては、しぶとく生き残った訳だが、もし私が死んでしまっていたら、きっと他の家系の聖女の娘が代わりになったのだろう。
デールセン家の王女様はフィリップ王子のお姉様なので外れるとして、他の三家にも王子と年頃の合う娘はいるのだろうか。
きっといるのだろう。
それなら私はジェラルドと駆け落ちしたって良いだろう、と一度は考えたのだろうか?
もしかしたら本気で計画を立てたのかもしれない。
だけど結局思い直したのだ。
記憶を失くす前の私が、何を考えて、どういう心境の変化があったのか、今となっては知りようがない。
日記のようなものも何も残していなかった。
ただ周囲の反応を探り、想像するのみだ。
フィリップ王子は毎日やって来る。
最近は挨拶程度の会話をしてすぐに帰って行くことが多かったが、今日は長居だ。
私が結婚式で着用するドレスとベールが仕上がったので、試着してほしいとのことだ。
着てみて、手直しが必要なところをチェックしたいらしい。
純白のウエディングドレスというものを初めて目のあたりにして、わっと気分が高揚した。
結婚相手のことはいまだに苦手だと思っているのに、それとは別でドレスの素敵さに心踊ってしまうのだから、現金なものだ。
それほどドレスは素敵だった。光を受けてきらめく絹糸の艷やかさと柔らかさ、ゆるやかな曲線やゆらめくフリルの可憐さに見惚れた。
ところどころキラキラと散りばめられた、ダイヤモンドが星のしずくのように光る。
「……素敵……」
「だろう? 次期聖女に相応しい、清らかな君にお似合いの、とっておきのウエディングドレスだ」
とフィリップ王子が得意げに言った。
「ドレスに合うネックレスもある。着けてあげよう」
王子が箱から取り出したネックレスもまた目をみはるほど素敵な物だった。
ダイヤモンドが何連も吊り下がり、流星群のような煌めきを放っている。
それをおもむろに手にした王子が私の背後に周り、首元に手を回した。
その瞬間、殺されると咄嗟に感じた。
がんっと頭を殴られたような感覚。突然襲ってきた真っ暗な恐怖に目が霞んだ。
怖い、殺される、逃げなくてはと思ったときにはよろめいて、前に倒れこんでいた。
グラグラする。視界がぐにゃりと歪み、脳になだれこんでくるのは、忘れていた記憶だった。
息が、息が、苦しい。