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聖女クラジーナ様

泣き濡れた瞳で帰って行ったジェラルドを見送り、決意を固めた。

リク先生にも、次に会ったときにきちんと別れを告げよう。

これまでの私は悪戯に恋愛ごっこを楽しんでいたようだが、もうそれは終わりにするとキッパリ告げるのだ。


「記憶を失くしたから」という免罪符ではなく、今の私なりに真剣に考えた上での決断だ。

過去の自分を悔い改め、真面目に更生するのだ。


そう意を決して、二人きりの場でリク先生に告げると意外な反応が返ってきた。

従兄弟のジェラルドのように怒ったり泣いたりはせず、困ったように少し微笑んで


「それは誤解です」と言った。


「え?」


「私とアメリア様が恋人など、滅相もございません」


「えっ!」


私の勝手な勘違い!?


「私の一方的な片思いですので。ご心配なく」


じっと目を見て、リク先生は堂々と言った。落ち着き払った態度。それでいて熱のこもった、愛しい者を慈しむ眼差し――……目は口ほどに物を言う。


「ご心配なく……でもこうして聞いたからには、返事をしなくてはいけません。私は婚約者がいる身ですし」


「勿論承知しております。それにすでに振られておりますから、改めてのお返事も不要です。私が勝手に、アメリア様をお慕いしているだけですから。どうかお気になさらずに」


そう言われても、気にしないって難しい。


「それとも、もう私と話すのもお嫌ですか? 家庭教師教師兼、良き話し相手として失格でしょうか?」


海色の瞳が寂しげに揺れた。

ああ、なんて切ない表情。

愛を乞う人の顔を、生まれて初めて見た気がした。

過去を忘れてしまったのだ。


この人との間にあった全てのやり取りを、一方的に無かったものにしてしまった。

だからきっとこの人も、それに合わせて私の罪を無かったことにしてくれるのだろう。


そう勝手に解釈した。

そうして、リク先生はただの家庭教師兼、微妙に気まずい話し相手となった。

近すぎた距離感は遠のいて、正常な距離を保っている。


少し気まずいが、それももう後少しの間だ。

後4ヶ月すれば結婚準備で忙しくなり、勉強に充てる時間は無くなる。

基礎的な学習は修了し、以降は聖女にとって最重要な歌のレッスンのみになると聞いている。


「実生活で高度な数式は必要ないから」と言ってくれるリク先生の授業はまさに息抜きのような時間だが、歌のレッスンはそうはいかない。

普段はふんわりしていて、天然な雰囲気の母――聖女クラジーナ様だが、歌となると人が変わったように厳しい。


フィリップ王子に連れ出された外国での歌の特訓が功を奏したらしく、昔の私よりは随分音程がまともになったそうだが、母と比べるとまだまだ拙く、根底からして違うと感じる。


クラジーナ様の圧倒的な声量、高度な歌唱力、豊かな表現力、澄んだ声の美しさ、ほとぼしるようなエネルギー。

さすが聖女の歌だ、歌姫だと心底納得する。


そういうものが私には何一つない。

本当にあのお母様の娘なのか?と疑問に思える。


「心配ないわ。貴女は間違いなく私の娘だもの。貴女は小さい頃から病弱なせいで、大声を出すことも、歌ったり楽器を奏でることもできなかった。そのせいで、まだ才能が眠ったままなのよ。いつか必ず花開くわ。私の娘よ、血筋が保証しているの」


言い聞かせるように、強く聖女様は仰った。

その母の言葉を鵜呑みにして安心できるほど素直ではなかった。


血筋が保証している?

本当に?


確かに『蛙の子は蛙』という言葉があるが、聖女の娘は必ずや歌の才能を持って生まれたのだろうか?

もしそうなら、幼少時に歌や演奏に親しむ機会がなかったとしても、今は毎日レッスンを受けているのだから、もう少し上手くても良いはずだ。

華やかなお母様とは、容姿も雰囲気も似ていない。


そうだ、前にお母様は仰った。

従兄弟のジェラルドのことを「はみ出し者同士、貴女と馬が合うのね」と。

私は親族の中で「はみ出している」と認識されているということだ。

つまりは『劣等生』ということ?


「お母様……クラジーナ様、前に会った従兄弟のジェラルドは、歌が上手?」


「さあ、どうだったかしら。あの子の歌はあまり記憶に無いけど、あの子の妹のマイニの歌は抜群よ。天使の歌声ね。見た目も天使そのものだし」


お母様がほうっと溜め息を漏らすように言った。可愛らしい天使の姿を思い浮かべているのだろう、うっとりとした表情だ。


ジェラルドの妹ということは、私の従兄妹だ。名前を聞いても、やはり全く思い出せなかった。

抜群の歌唱力に天使のような見た目か。

その子のほうが聖女に向いていそうだ。


そう言うと、クラジーナ様は険しい顔をした。


「無理よ、マイニは聖女の娘じゃないもの。聖女の息子の娘、だもの。聖女は、聖女の娘と決まっているの。自信を持ちなさい、アメリア」


そしてとりなすように優しく笑った。


「貴女、前より随分良くなったもの。歌のセンスもそうだけど、レッスンを受ける態度も真面目になって、嬉しいわ」


これまでの私は、やはり相当不真面目だったらしい。

周りから「変わった」と比較されるたびに知るのは、以前の私のひねくれぶりだ。



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