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従兄弟

リク先生の他にも、恋仲の男性がいる。

それが誰かは覚えていないが、探ることは可能だった。

何しろこの神殿暮らしでは、関わりのある異性は限定的だ。


医者と家庭教師の他は、王族と家族、親類。病気がちで引きこもりの私の狭い世界で、接点がある限られた人々。


リク先生以外に家庭教師の男性はもう一人いたが、ご高齢だし、会ったときにそのような関係を匂わせる言動は一切なかった。


聖女になるために必須だという歌は、現役聖女である母から習っている。

圧倒的な歌唱力の母の足元にも及ばないが、前よりうんと良くなったと褒めてくれる。


育児はずっと乳母任せで聖女としての公務に追われていた母は、仕事の一環とはいえ、娘との時間が増えたことに喜びを感じているようだ。


以前の私は、歌のレッスンが嫌で嫌でたまらなかったそうだが、今はそれほど嫌ではない。

優しい母が喜んでくれるなら、積極的に習いたいと思う。


「ところでお母様、私にお友達のような方は一人もいらっしゃらなかったのかしら……」


レッスンを終え、何気ない感じで母に尋ねた。


「お友達……どうして急に?」


「記憶を無くす前の私と仲の良かった人がいるのなら、ぜひ話してみたいと思って。何かに触発されて、記憶が戻るかもしれないわ」


「まあアメリア、確かにそうね。じゃあ従兄弟のジェラルドと会えるよう、取り計らうわね」


「従兄弟? 仲が良かったの?」


「ええ、そうね。私の知っている限り、ジェラルドが一番の仲良しじゃないかしら。私の一番上の兄の子なの。一族の中でははみ出し者でね。そこが貴女と馬が合ったのね」


うふふと母が懐かしむように笑った。




「って、クラジーナ様が?」


数日後、母がセッティングしてくれた場で初めて顔を合わせた従兄弟、ジェラルド・エングクヴィストは、いかにも面白くなさそうな顔をしていた。

ハニーブロンドの緩やかに波打った髪と琥珀色の優しげな瞳が、確かに母と同じ血統なのだと感じる。

私は母とあまり似ていない。砂色のくすんだ髪色をしている。目元も優しげというよりはどこか寂しげな、自分で言うのも何だが、幸薄そうな顔をしている。


「まあ確かに、はみ出し者だよな。危うく国賊になるところだったよ。君の気が変わって良かったと思うことにする」


「どういう意味ですか?」


「そのまんまの意味だけど、どうせ分かんないんでしょ。頭打って記憶喪失なんだって?」


ジェラルドは大きくため息を吐いた。何故だか憤っていて、投げやりな態度であることだけは分かる。


「はい。だから貴方の話を聞いて、何か思い出せればいいなと。そのために色々と話してほしいんですけど……」


「あー、無理無理。何も思い出さない方がいーよ。どうぞ王子とお幸せに。今の俺が言えるのはそれが精一杯。もう帰っていい? 結婚式にはちゃんと笑顔で出るからさ。今日はもう勘弁して」


話を早々に打ち切って、強引に帰ろうとするジェラルドを慌てて引き止めた。


「待って! 勘ですけどっ、私たちもしかして恋愛関係だったんじゃないですか!?」


そうっと探ろうと思っていたが、ここまであからさまな態度を取られると、もはやそうとしか思えない。

リク先生のように思わせぶりな甘い雰囲気を匂わせるのとは違うが、ストレートにぶつけてくる不満もまた恋人ならではの甘えだと感じる。

そうじゃなきゃあり得ない失礼さだ。


「えっ、何か思い出したの?」


ジェラルドが細めの目を丸くした。


「いえ、思い出してませんが、直感です。ビビッときました」


「そっか、そうだよな……記憶を失くしたからって、感情まで無くなるもんじゃないよな。やっぱり君はアメリアだよな? ディアナが、まるで別人のようだと言ってたし、俺も最初はそう思ったけど……もう以前の君じゃないと思いたかったけどさ、無理だ」


そう言ってジェラルドは瞳を潤ませた。


「愛してるんだ、アメリア。一緒に逃げようと約束したよな。けど君は……結局、この国を捨てられなかった。俺よりあの王子を選んだんじゃない。愛国心だ。君は何だかんだ言ってもこの国を愛している。聖女の娘だもんな。仕方ない」


突然の愛の告白にぎょっとした。

予感は的中。私はどうやらこの従兄弟もたぶらかしていたらしい。

リク先生とも甘い雰囲気を作って楽しみ、この直情的な従兄弟ともスリリングな恋を楽しんでいたようだ。


『純潔第一』の聖女ゆえ、こちらとも肉体関係は無いのだろう。

プラトニック・ラブだから許されるとでも?


とんでもない女だと、目の前でうなだれる可哀想な従兄弟を見て胸が痛んだ。


ジェラルドの話によると、記憶喪失になる前の私と、駆け落ちする計画を立てていたそうだ。

護衛を伴わない国外へのお忍び旅行は、絶好の機会だった。

しかし約束していた段取りを、私が守らなかった。婚約者の王子に気づかれて妨害された訳ではなく、私自身の意志で、約束を不履行にしたのだそうだ。


ジェラルドとの駆け落ちよりも、国への忠誠を選んだ。

当然の選択だと思うが、話に聞く以前の私なら、駆け落ちもあり得ただろうと思える。


ジェラルドもそう信じていたのだろう。国賊となる覚悟を決めて。

しかし当の私にはそのつもりがなかったのだ。

なんて酷い。

この従兄弟の心をもてあそんだのだ。

守る気のない約束なんて、しなければ良かったのに。


「ごめんなさい……覚えていないけれど、本当にごめんなさい」



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