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専属の侍女


 


「どうしました? 浮かない顔をなさって」


鏡の前に座り、髪を整えてもらっている最中、侍女のディアナが尋ねた。


神殿には多くの侍女が住み込みで働いているが、ディアナは私付きの侍女で、身の回りの世話をしてくれている。


寝室に寝たきりだった昏睡状態のときは、家族と医者以外は面会謝絶だったが、普通に歩き回れるようになった今は、侍女たちとも普通に会話している。

ただ、記憶を失った私にどう接していいのか、侍女たちも戸惑っているようだ。


腫れ物に触るように慎重に、こうして探り探り話しかけてくる。


何でもないわ、と答えれば終わる会話だが、一番身近にいて同い年のディアナとはもう少し打ち解けたい。

どこかよそよそしい空気を打破したかった。


「フィリップ王子と……上手くやっていけるのか不安があって……マリッジ・ブルーというやつかしら」


王子の悪口はご法度だという分別はある。

単なる結婚前の憂鬱だとも受け取れるよう、受け取り方に幅を持たせた。


しかしディアナはバッサリと返した。


「いえ、あの王子ですもん。憂鬱になって当然です。無理に、合わせようとかお気に召されようなどと思わなくていいんですよ。アメリア様はこれまで通り、思うままに行動なさってください」


私の呆気に取られた顔を鏡越しに見て、ディアナはバツの悪そうな顔をした。


「失言でしたか? すみません、でも……」


「でも?」


「アメリア様は、ずっとフィリップ殿下のことを毛嫌いされてました。いつか逃げてやる、が口癖で。野良猫みたいに闘志剥き出しで。なのに全部忘れてしまった今のアメリア様は、まるで借りてきた猫のように大人しくて、殿下に上手く丸めこまれそうですもん」


意を決したように一気に喋ると、ディアナは泣きそうな顔をした。


「……すみません、失言のオンパレードですよね。ご気分を害されたなら、どうぞ罰してください」


罰するだなんて……


「とんでもないわ。ありがとう。思いきって本音を伝えてくれて」


思いもよらなかった。この私が、闘志剥き出しであの王子殿下と対峙していたなんて。まるで自分の話とは思えない。

だけど納得する部分もあった。記憶を失う前の私も、やはりフィリップ王子を嫌っていたのだ。

虫が好かないという感情は、理屈ではなく本能的な感情なのだろう。


「いえ、これで少しでも以前のアメリア様に戻ってくださったら、と思ったまでですから」


とディアナが答えた。


複雑な気持ちになった。

私のためを思い、言いにくいことを言ってくれたのだろうと思ったが、それは「以前のアメリア様」のために、だ。

今の私をディアナは歓迎していない。


「全部忘れてしまって、ごめんなさい。私たち、仲が良かったのね」


「はい、仲が良いというか……アメリア様は私の秘密をご存知で、その秘密を守ってくれていましたから。そのこともお忘れになっているんですよね……。その秘密に今後気付いて、記憶を失くされているアメリア様が、今までのように守って下さるかどうか、不安なんです。日毎に不安になって……」


びっくりした。

軽い世間話から始めたつもりが、いきなり重大な話になってしまった。


「……その、ディアナの秘密って……聞いてもいいのかしら?」


ここまで話されたら、聞いてくれと言わんばかりだ。

恐る恐る尋ねると、ディアナは頷いた。


ディアナの話によると、ディアナの家は代々神殿に仕えていて、長女は十二歳になると神殿に上がり、次期聖女のお付きの侍女になることが決まっているらしい。


「でも長女の姉は……絶対に恋をしたいし結婚をしたいから、死んでも嫌だと泣きわめいて、実際に自殺未遂を起こして。姉が可愛い両親は、死なれることを恐れて、姉の身代わりに私を差し出すことにしました」


思ったより壮絶な話で絶句した。


「でもアメリア様にバレてしまったんです。私が長女ではなく、身代わりの次女だと。終わった、と思いました。家ごと粛清されてしまうと。でもアメリア様からお咎めはなく、他の人に話すこともなさいませんでした。私さえ良ければ、このまま姉のふりを続けて、側にいてほしいと仰りました。私の立場に同情し、憤慨してくださったんです」


全く覚えていない話だが、過去の自分よよくやった、という気持ちになった。


しかし、めでたしめでたしの良い話だとは思えなかった。姉の身代わりで、神殿の侍女となり、恋愛も結婚も諦めなくてはならなくなったディアナの胸中を思うと。

この話を聞くまで、ここに勤めている人間は皆、自ら希望して職に就いたものだとばかり思っていた。


「そうだったのね……話は分かりました。あなたのその秘密、これからも守るわ。約束します」


ディアナは今の私を信用しかねているようだ。

ほっとした顔を見せなかった。

それどころか、こんなことを言った。


「私も、アメリア様の秘密を握っているんです。お互い秘密を握り合う者として、信頼できるという根拠がありました」


また寝耳に水な話で、ぎょっとした。


「私の秘密って?」


「今は言えません。なぜなら今のアメリア様にとって、それはもう弱味ではないかもしれないからです。話して、逆に悪い方に作用してしまうかもしれません」


ですから、とディアナは言葉を続けた。


「言えませんが、私も何かアメリア様の秘密を知っている、そのことだけ知っていて下さい」


えっ、これは脅し?

まさか脅されているのだろうかと不安を感じる私に、ディアナはふっと表情を緩めた。


「心配しないでください。基本的に、私はアメリア様のことが好きですし、味方ですから。何かあればお助けします」



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