戦闘用
「このページで終わりかな?」
紬が初めて魔法を使い、二か月後。
家庭用の魔法陣もある程度使いこなせるようになり、ついに戦闘用魔法陣のページに移ることとなった。ただし、戦闘用とは言っても、まだ使える現表文字は数種類なため、とても実用に使えるレベルでは無いのだが。
戦闘用魔法陣とは、即興で固体化魔力を作成し、それを使用して魔法陣を空中に構築する手法である。この方法を採用することで魔法の発動の効率化、加えて戦場での使用が可能となった。これにより、魔術師という新たな兵士の分類が誕生した。
固体化魔力は、他の物質と比べ圧倒的に魔力の伝導率が高く、遥か昔には、家庭用魔法陣で作られた固体化魔力を使った高級な魔道具が高値で取引されていたという。
固体化魔力自体は、紬が二度目に描いた魔法陣により作成された物と同様のものである。しかし即興で作られた固体化魔力は、魔力の密度と頑丈さという点で圧倒的に劣る。
ただし魔力の伝導率という点では家庭用魔法陣で作られた固体化魔力と同等かそれ以上の性能を発揮する。
「戦闘用魔法陣を使用するには意思の力だけで固体化魔力を作り、操る必要がある、って、え? 無理でしょ……」
魔法陣を描かずに固体化魔力を作成し、魔法陣を構築するといっても、そう簡単なことではない。大抵の魔術師なら固体化に一年、操作の習得に二年の計三年、中々の秀才で有ったとしても最低三か月も掛かる。魔法の修行の内の大半はこれに費やすと言っても過言ではない。
手から魔力を放出することは魔法の分野を触ったことのない人でも可能である。しかし外に出た魔力までも制御するとなると、一般人ではほぼ不可能である。
魔術師の認識からすると、家庭用魔法陣を描ける程度では魔術師とは呼ばれず、魔術技師と呼ばれる。戦闘用魔法陣が自由に扱えるようになって初めて、魔術師と呼ばれることになるのだ。その為、魔術師は様々な人に尊敬され、同時に地位が高くもあるのだ。
「……最初は、固体化魔力を作るとこから始まるのかぁ」
幾ら何でも、初心者に魔法陣を作らせるのは酷というものだろう。だからこそ固体化魔力を作る所から始める。
とは言ってもそう簡単なことではない。空中に魔法陣を描くことに比べれば幾分か簡単ではあるが、それでも初心者がやるには十分すぎる難易度であることには変わりはない。
「えっと?先ずは……」
(手から魔力を放出するのと同様にして魔力を一か所に集める、と)
そういって、紬は魔力を集め始めた。
やはり、そう簡単に成功するわけもなく、集まった個所がほんのりと輝いただけに終わった。その光量も明かりの魔法陣に比べたら格段に劣り、実用に使えるようなものでもなかった。
この結果はごく当たり前の結果なため、別に落胆する必要は無いのだが、自信がついていたため紬は少し落ち込んだ。
そして一か月間魔力の固体化を試み続け、遂には―――。
「おおっ!これは……」
紬の手のひらには、丁度米粒五個分くらいのとても透き通っている結晶があった。
魔法書のイラストを見る限り、これが固体化した魔力で間違いはないようだ。
「へー、きれ――あっ!ちょっ、待っ――」
しかし次の瞬間、結晶は空中に溶けるように霧散していった。それが相当ショックだったのか、紬は少々大げさに項垂れた。約一か月間試し続け、やっとのことで成功したものが、直ぐになくなってしまったのだ。こうでもしないと、その悲しみを誤魔化すことは不可能だった。
次の手順は、その結晶の巨大化だ。最低でも魔法陣を構築できるだけの結晶を即作れるようにならなければならない。幾ら魔法陣や現表文字の知識が有っても、構築するための固体化魔力が無ければ話にならないからだ。
魔術師たちが魔法陣を構築する上で最初に立ち塞がる問題は、魔力不足だ。魔力を結晶にし魔法陣を作り、さらにそこに魔力を流さなければならない。
ごく一部の、魔力に限りがないと言っていい|偉大(異常)な魔術師達は見た目や派手さに拘るが、多くの魔術師はその問題に大きく悩むことになる。
戦闘用であるため、如何に魔力の節約と魔法陣の小型化をするかが鍵になってくる。それ故に地域ごとに体系化された魔法陣が存在するのだ。
「はぁ、次はこれの繰り返しかぁ」
魔法書には、直径約十センチ以上の結晶が、一分以下で出来たら中級に移れると書いてある。。
それまでは頑張ろう、と紬は心に決めた。そうしてまた魔力の固体化を再開する。
今回はさっきのようには成功せず、かなり時間が掛かってしまう。しかし先ほどより米粒一つ分ほど大きいサイズの結晶が出来ていた。
間違いなく成長が出来ていると実感し、紬は少し嬉しくなった。
結晶は先ほどと同じように霧散してしまったが、今度は落ち込んだりはしなかった。何故なら、また同じものを簡単に作れるからである。
その後もコツを掴んだのか、何個かと結晶を作り、その日の一日が終わった。
そうして順調に結晶化も上達し始め、しかし手を休めることなく延々と結晶を作り続け――
――早くも半年が経った。
すみません。遅くなりました。