大聖堂と調査
そこは白を基調として石造りの部屋だ。天井は十数メートルもあるかと言うほど高く、壁にはステンドグラスの窓が大量に付けられている。
「調査、ですか」
そこでは一人の金髪の男性が、目の前の同じく金髪の女性にそう話していた。
女性はその言葉に頷き、話始める。
「ええ、この国から東にある“リアの滅跡”という土地を知っていますか?」
「はい、一応」
リアの滅跡はこの国、エリウス教国では余り知られていない。危険地帯とはいえ国民には関係なく、そもそもそこまで大きな被害が出ていなかったことが関係している。
この男の役職の関係上、そのような土地の知識は必ず知っておかなければならない。この大陸の魔物が居る場所は殆ど知っているのだ。
ただ、その知識も昔の物である。最近の情報は手に入れることが出来ていなかった。
「あの土地は常に隣の街に襲撃を仕掛けるような、知能の低い魔物しか存在しない筈なのですが……最近はその襲撃が異様に少ないのです。そこで勇者様に調査を依頼出来れば、と」
男性――勇者は状況を把握したようで、少し考え込むような動作をする。そして暫くした後、それを了承した。
人々を守る勇者である以上、それを断る理由は無い。もし断ったとしても別の人物が受けていただろうが、王にも匹敵する勇者が行くに越したことはないだろう。
「……少し時間を貰ってもいいですか?」
「構いませんけど……」
女性はそうは言っているが、何故なのか疑問に思っている様だった。
勇者も言わない理由もないので、その疑問に答える。
「久しぶりに、かつての仲間で行ってみようかな、と」
それだけで女性は察したようで、微笑みを浮かべながら勇者を送り出した。
◇◇◇
「おい、本当に受けるのか?」
それとほぼ同時刻。
ある国の国境の街にて、三人の人影がランプの光だけが照らす薄暗い部屋にて向かい合っていた。普段なら酒でも飲んでいるのだろうが、今回に限っては皆真剣な表情をしている。
「ああ、折角の依頼だ」
「でも目的地はあのリアの滅跡よ? 命の保証はない」
「そうも言ってられないだろう。こっちは生活がヤバいんだ」
反対意見を言ってきた女性に対して、男――フラウスはそう言った。最近は金銭が足りず、生活もギリギリの状態だ。受けなければ屋根の下で寝ることすらできなくなるかもしれない。
少なくともフラウスはこの依頼を断る予定は無かった。
「でも伝説が……」
「はっ、所詮は伝説だ。もし居たとしても既にいなくなっているはずだ」
この地には遥か昔から伝わる伝説が存在する。悪意の塊である黒い影が、手当たり次第に街を破壊し国を滅ぼしたという伝説が。
ただそれもフラウスは信じていなかった。そのような者が存在するなら、既にここ一帯は焦土とかしているに違いない。鉱山都市一つで抑え込めている以上、大したものではない筈だ。
「早めに行くぞ。明日にはここを出る」
「はぁ、分かったわよ」
「あ、グリットは今から食糧の買い出しを頼む」
「わかった」
ここまで一言も言葉を発していなかった小柄の男に、フラウスはそう言った。グリットは基本的に無口である。何かを喋る時は、命の危険が迫っているときか何かの返事をするときだけだ。
グリットも特に異論は無いようで、小さく頷いた。
「心の準備しておけ。俺たちが行くのはあのリアの滅跡だ」
そう言いながらも、フラウスは内心緊張していた。
◇◇◇
「……朝か」
素朴なベットに寝ていたフラウスは、窓から差し込む朝日で目が覚めた。空を見ると雲一つない晴天のようで、涼しい風が吹いている。
まだ他の仲間は寝ている様だったので、何をしようか考える。
とりあえずリアの滅跡の調査に行くための準備をしようと、ベットから降りた。そして直ぐに着替えると、扉を開けて部屋の外に出る。
ここは街では有名な格安の宿だ。一泊の料金が非常に安く、定職についていないものにとっては有難い存在だった。その分サービスも値段相応だが、普段野宿しているフラウス達にとってはそれでも充分だ。
まだ部屋には仲間がいるので宿を離れることは出来ないが、外の空気を吸おうかと建物の外に出た。
「朝飯は……まあナラが作ってくれるだろ」
ナラとは、昨夜調査に反対していた女性だ。
基本的にフラウス、ナラ、グリット、そしてここにはいないが魔術師のミアという女性の四人で仕事をしている。既にこの話を受けた時にはミアにもそのことを話しており、調査に行くことの同意は取っていた。
若干不安そうに見えたものの、何度も死線を超えた仲だ。そう簡単に死ぬことも無い。
「……ん? ああ、ナラか」
「……先に起きたなら起こしてくれても良かったのに」
「いや、どうせ起こしても起きないだろ。お前は」
そうして話しているとグリットも目が覚めたようで、階段を下りて来る。
フラウスはそれを確認して、宿を出る為に持ってきたものを全て鞄に入れた。ただ無駄な物は一切入れていないため、量自体は少ない。
調査は長くなる。必要のないものを持っていく余裕は無いのだ。
「どうだ、準備は済んだか?」
「まあ、一応」
「……」
「じゃあ行くぞ」
それを確認し、ミアとの集合場所であるアークリアスの建物を目指す。
アークリアスは国にまで影響を及ぼせるということも有り、街の中心地に建物が造られている。フラウスが泊まっていた宿は街の端にあるので、僅かにだが不便だと感じていた。
ミアは特に金欠という訳でもないので、遠いなどとは思わないだろうが。
「ミアは……あそこか」
フラウスの視線の先には、建物の端の机で俯いている一人の少女の姿があった。
黒いローブで全身を覆い、片手にはジョッキのようなものを持っている。中身は恐らく酒だろう。フラウスもミアが酒を飲む姿は良く目にしている。
これからリアの滅跡に行くのに酔って良いのかと思うが、彼女は何故か酔うと言うことがない。魔法で何かをしていることは知っていたが、フラウスには理解できなかった。
顔は深くかぶっているつばの広い帽子によって見ることは叶わない。ただその下はいつものような気怠げな表情の顔があることだろう。
「……すまん。待たせた」
「大丈夫。私も今来たところだから」
ジョッキの中身を見ると、確かに全く減っていない。
しかしそれを勿体ないと思ったのか、逆さにして残っていたものを全て飲み干した。
「……よし、行こう」
「ああ」
ミアは元々国に仕えていた魔術師の一人だった。その分魔法の腕も高く、この国では最高峰の実力を持っている。
ただ生活に不便はない筈なのだが、ミアはそれを自分から辞めていた。フラウスも詳しくは聞いていないが、彼女の性格から考えるに研究の為だろう。
外見の年齢は十代後半に見えるが、雰囲気は何十年も生きているように感じる。魔法のことはあまり知らないが、少なくとも少女ではないだろう。もしかしたら百歳を超えているかもしれない。
「一つだけ言って置くと、リアの滅跡……あそこは侮らない方が良いよ」
「ん? ああ、いつものようにやるさ」
「……そう」
ミアは真剣な表情でそう注意した。
いつもなら適当に相槌でも打っているだろうが、注意してきたのは自分より知識のあるミアだ。国に仕えていた以上、城の書庫や重要な資料を目にする機会はあったはずである。それを蔑ろにするほどフラウスは馬鹿ではない。
そもそもこの調査に反対していない時点で、必ず失敗するようなことはないはずだ。
「忘れ物は無いか?」
「ええ」
「大丈夫」
「……」
「じゃあ……行くか」
そう言ってアークリアスの扉を開けた。