魔道具屋『青い林檎』
『魔道具屋 青い林檎』と看板に書かれた魔道具屋に入る。
店内は綺麗という程でもないが、想像していたほど汚くはなかった。所々に傷がついていたり、一部壁が折れていたりはするが、ちゃんと清掃はされていた。
「……おや」
「ッ!?」
「……なんだい、そこまで驚くことはないだろう」
恐らくだが、周囲を観察しすぎて気付かなかったのだろう。奥から70、80代と推測される白髪の女性が歩いてきた。
女性は紬の反応に少しショックを受けたようにも見える。
「あ、あなたは……?」
「そりゃあ決まってるじゃないか。この店の主人、ジーン・テイラーさ」
「ジーン・テイラー……」
「そうだね。それにしてもよくこんな店を見つけられたねぇ。どうやって見つけた?」
女性――ジーンは目を細め、そう問いかけた。そういわれても無理もないだろう。この店は大通りから大きく離れていて、見つけるには相当な根気が必要だ。
ジーン本人もそれに自覚があるのか、疑問に思っているようだ。
紬も一応その質問に答える。
「……それはもう虱潰しに」
「そりゃあ……凄い根気だねぇ」
ジーンは一度目を大きく見開いた後、呆れたように呟いた。
確かにそうだろう、と紬も頭の中で同意する。実際、紬はこの店を見つけるまで終始全力で走っていたのだ。この町は半径が2キロ以上あるため、以前の体力だったら五日は掛かっていただろう。
しかし、幸いこの店は都市の東側にあったため、比較的早く見つけられた。
「……それより買いたいものが有るんですが……」
「そうねぇ。じゃあ魔法書と杖、どっちが欲しいんだい?」
「魔法書でお願……え?」
「なにを呆けているんだい。態々ここまで来る奴は大抵その二つが目当てだ。何せ他は表の店で事足りるからねぇ」
「あっ……そうですね……」
確かに、と紬は思った。もう一度よく店内を観察してみると、表通りで売っていたものと形が酷似している物が大半を占めていた。
今回の紬ような余程のことがない限り、客はほとんど表通りの店に行くだろう。考えれば当たり前のことだ。
「えっと、じゃあ魔法書をでお願いします」
「魔法陣を集めた本、魔法を解説した本、どっちだい?」
「あの、解説した方でお願いします」
「分かった、ちょっと待っときな」
そう呟きながらジーンは奥に戻っていった。
数分後、一冊の本を片手に持ち、ジーンが帰ってきた。
魔法書の作りは意外としっかりとしており、長く使っても壊れなさそうで紬は安心した。
「ほら、これでいいかい。金貨一枚と銀貨五枚だ」
そうして、只今持ってきた魔法書を紬に手渡した。
そして暫く本を眺めていると、ふと二つの疑問が浮かび上がってきる。
一つは……。
「……羊皮紙じゃないんですね」
「羊皮紙?ありゃ保存用の紙だ。売り物にゃあせんよ」
「そうですか……」
(魔法書が思ったより安いのはこれだからか………)
紬はこの文明レベルでは十中八九羊皮紙の本だろうな、と心で思っていたため、純粋に意外に思った。
それはよく考えれば分かることだった。
この世界では魔法などが一般に普及しているため、紬の想像の数倍紙の需要が高い。その為紙の開発が進み、現在では製紙工場が幾つも建つほどに普及した。印刷技術もそれに伴い発展し、現在では様々なカードゲームや人気の小説や絵本の生産が行われている。
しかし一般的な書物がまだ手作業なのに変わりはなく、本同様に紙に文字を書いたものが高価なものであることに何ら変化はない。
紬が試しに本をパラパラと捲ってみると、様々な魔法書や文章が書いており、多大な手間が掛かっていることが推測できる。
目次には初級編、中級編と書いてあった。残念ながら上級編は無いようだ。だがこれで十分と言えるだろう。この本に書いてあることを完全に習得するまで最低四年、最長15年は掛かると書いてある。平均は7年だそうだ。
「じゃあ、これでお願いします」
「あいよ。さっきも言ったが、金貨一枚と銀貨五枚だ」
そう言われ、紬は懐に手を入れて金銭の入っている袋を取り出した。
袋に手を入れ金貨一枚と銀貨五枚を取り出しジーンに直接手は渡す。ジーンはそれを受け取ると紙袋に魔法書を入れ、紬に紙袋ごと手渡した。
「一応言っておくが、本は水に弱い。絶対に浸けるんじゃないよ。使い物にならなくなる」
「はい、わかりました。では、ありがとうございました」
ジーンは紬に警告した。恐らく紬が一度も本を触ったことがないと思ってのことだろう。金貨を払ってまで本を入手したい人など、人間中でもごく少数である。本を見たこと無い人すらありふれている。
さらに店頭で触ることはあったとしても、持ち帰ることは先ずないだろう。それ故の気配りだった。
(あとは帰る準備だけか……急がなきゃな)
そうして紬は魔道具屋『青い林檎』を後にした。
……
………
……………。
紬が去った『青い林檎』。
「ふふふ、あの子からは私と同じ“匂い”がするねぇ。成長が楽しみだ」
そこでは店主のジーン・テイラーが口の端を大きく吊り上げ、愉しそうに呟いていた。