商業都市フライン
商業都市フラインは、267年前に大商人フライン・アッドリールズが興した歴史ある都市だ。西の玄関口としての重要な役割も担っており、芸術の先進都市とも呼ばれている。
さらに、軍隊等が二番目に到達する都市のため、ある程度の防衛能力と優秀な騎士や魔術師が勤めている。
上流区域には上品な石像や装飾品が飾られ、とても美しく感じられた。
一方で街の中心の大通りには八百屋や肉屋、更には陶芸品屋や装具屋等の様々な店で賑わうことから陽気な雰囲気を醸し出している。
それほどの大都市に、紬を乗せた馬車も向かう。
そうして暫く馬車に揺られていたが。一向に着く気配がないので確認してみたところ、フラインへの門までまだ距離があるようだった。フラインまでは紬の思っていた距離より長いようだ。先ほどは山頂から見下ろす形で見ていたため、恐らく距離を見誤ったのだろう。
そのようなことを考えつつ揺られること二時間弱、やっとのこと西門までたどり着いた。この西門は上流階級の人も使うだけあって、大きく、煌びやかで多種多様な装飾が施されている。
馬車に持ち主であるオルガは、門番を務めている人物と軽く話した後、門の中へと進み始めた。
「うわぁ……!」
そして紬はというと、あまりの景色に圧倒されていた。ほぼ一年ぶりの人込みだ。紬はそこまで人込みが好きという訳ではなかったが、一年振りの感覚なため、少々懐かしい気分に浸ってたようだ。
「ほら、着いたぞ。ここがフラインだ。代金はしっかり貰うぞ」
そう言われ、オルガに銅貨15枚を渡して紬は馬車を降りた。
ここからは先は紬も初めての場所だ。改めてそう考えると少し心配になり始めたが、あまり深く考えすぎても楽しめないと思い、気にせずこの街を探索することにした。
しかし気にしないと言っても、流石に裏の路地などは入らないと決めていた。幾ら治安が限りなく良かったとしても、人目に付かない場所は危険だ。
この世界にはGPSなどという便利なものは存在していない。そのため、仮に行方不明者が出たとしても捜索は困難を極める。さらにここは旅先だ。知り合いなどはもちろん居ないし、ルイアにも60日後に帰ってくると言ってあるため捜索が開始するのは大幅に遅れるだろう。
自慢ではないが、紬は自身の顔がかなり整っていると自負している。少し中性的ではあるが、男と言われるよりかは女と言われた方が納得するだろう。
閑話休題。
とにかく、今は魔道具屋を探すのが最優先だ。魔法書を買わないことには何も始まらない。馬車内から軽く見渡した限りでは魔道具屋はなかった。しかし、やはり見落としている可能性は十二分にあるので、大通りを最初から順番に見ていくことに決めた。
幸い、時間は無制限なのだ。ある程度急ぎはするが、何日かに分けてゆっくりと見ていくことも不可能ではない。
紬は良いのか悪いのか魔力を吸収し続けているため、食料をあまり必要としない。その為食費を限りなく抑えることができるのだ。加えて疲労の回復も早く疲れにくいため、長時間の活動も可能らしく、夜中に街を徘徊するようなほぼホームレスのような生活も可能だ。
そうして、紬の短期間のホームレス生活が始まった。
一日目は普通に大通りから拝見していった。やはり予想通り、西側は馬車内からみた景色と変わらず、魔道具屋は一軒も立っていなかった。
(収穫はなし……か)
この日、紬は西側、北側の全ての大通りを回った。特に珍しい物や貴重なものは売っておらず、この日の収穫はほぼゼロの近かった。
実際、高級な魔道具屋や陶芸屋、細工屋などの高級店はほぼ全て上流区域に集まっており、他大部分を占める下流区域には大したものは売っていない。
一般人を相手に商売するより貴族相手に商売をした方が売れるのは間違いないだろう。
一般的な男性の平均年収が金貨4枚。税金や生活費で消費し、実際に自由に使えるお金は大体銀貨10枚前後だ。紬は様々なことをルイアとヴェルスが払っていたため、お金が余っていたのだ。実際はここまで自由にすることは不可能に近い。
二日目は、東と南側の大通りを詮索した。流石に一つは在ると予想していたが、予想に反して一つも無かった。
一応、魔道具が売っている店は存在していたが、魔法書は売っていなかった。店員に聞いてみたところ、魔法書等の効果な道具が売っている店は、余程の物好きでもなければ上流区域に居を構えているらしい。
そもそもも話、魔法書を買う客は、金銭の関係で貴族や商人が多いそうだ。
そして、太陽が北西に傾き始めた頃、紬は路地の探索も始めた。
しかし、やはり言うべきか、そう簡単に見つかることはなかった。
(これは予想してなかったなぁ……)
そうして探すこと数時間。太陽も西に傾き、空も橙色に染まり始めた。
その不気味な雰囲気が漂う薄暗い路地を進んだところに、少し古惚けた魔道具屋があった。所々文字が掠れて読みにくいが、看板には『魔道具屋 青い林檎』と書かれている。
少々入るのには躊躇われる見た目をしていたが、やっとのことで見つけた魔道具屋なのだ。入らないという選択肢は存在しない。
紬は勇気を振り絞り一歩足を踏み出した。