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空の神座で少女は嗤う  作者: naki
『リアの滅跡』
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森林




「おお、この泉とかいいなぁー」



 紬の視線の先には、十メートルほどの高さがある滝と、その水が溜まって作られた小さな泉があった。

 水は底が見えるほど透き通っており、まるで観光名所のようだ。また太陽の光が水面に反射し、宝石のようにも輝いて見える。

 湖畔には複雑に枝が絡まっている木が生えており、葉の間から差し込む光がよりその場所を幻想的にさせていた。

 彼女はそこに近づくと、念のため周辺の魔力の濃さや塊を調べる魔法を使った。



「…………なに、これ」



 紬は、見たことのない量の魔力の塊――つまり魔物が居ることを知って動揺する。

 数百メートルほどの間隔をあけて強大な魔物が存在し、その周囲に小さな魔力が集まっているような状態であった。紬は森に入る時に、身を潜めるために事前に魔力を限界まで隠していたのが幸いしたのか、襲われたことは一度もない。彼女はそのことに安堵し、同時に警戒も強めた。


 この森は、数体の強い力を持った魔物と、それぞれの子分たちが支配している。

 それぞれがまるで王のように自身の領域に君臨し、それに従う形で弱い魔物が存在している。にも関わらず紬が襲われなかったのは、自身の魔力を隠す魔法による力と、魔物の本能が“危険な存在”と判断したことの影響だ。魂の奥底で敵わないと判断している為、普通の魔物が今の紬を襲うことはない。



「……ッ!?」



 しかし、何事にも例外はある。

 彼女は背後に濃い魔力が迫ってくることを感じ、出せる最高の速度で顔を逸らした。すると一秒もしない内に、先ほど紬の頭部があった場所が、常人ならば視認することすら難しい速度で何かが通る。そして紬の頬をその何かが掠めた。通った後の皮膚は刃物で切ったかのように切れ、血は出ないものの口の中まで切れ目は到達する。


 紬が素早く後ろに振り返ると、そこには紬の身長以上の高さがある一匹の狼が居た。

 その体を包む体毛は塗りつぶされたかのように黒く、口から尾にかけて数本の枝分かれしている赤い線が見える。そして紬を見つめるその目は、血のような赤色に染まっていた。

 その狼は強く唸ると紬に向かって突撃してくる。



「だけど……遅い!」



 紬はそれを最小限の動きで回避すると、足の一つを即座に作成した魔力の剣で切断した。狼はそれによって劣勢になったと判断したのか、一度後ろに大きく下がる。

 すると切断された断面から魔力が溢れたと思えば、次の瞬間には固まり元の姿に戻っていた。



「……へぇ、いいね。それ」



 そう言って、紬は軽く本気を出し始めた。

 腕が複雑に光り、顔すらも青い模様が現れる。普段は赤い瞳も、この瞬間に限っては青く輝き始めた。右手には魔力で作られている剣が握られ、左手の先には魔法陣が浮かんでいる。

 これが今の紬の近接戦闘(・・・・)の全力だ。



「じゃあ、私も行くよ」



 目の前の狼にそう宣言すると、彼女も先ほどの攻撃に劣らない速度で突撃を仕掛ける。

 そして一瞬の間に狼の右側の足が全て切られ、バランスを保てずに地面に倒れた。狼は驚いたような顔で紬を見上げると、彼女は静かに口の橋を吊り上げる。


 紬は単純に魔法で加速して剣を振っただけだ。

 しかし、ただの魔法を言えるレベルの物ではない。

 幾ら近接での戦闘が苦手だからとは言え、侮ってはならないのだ。紬は魔法を特に得意としており、そんな彼女が全力で加速だけに魔力を注いだらどんなものでも追いつけないほどの速さになる。



「思ったより速いなぁ。これなら実戦でも使えそう」



 紬がそんな感想を一人で呟いていると、背後から唸り声が聞こえ、ゆっくりと振り返る。

 するとそこには足も元に戻り、彼女を睨んでいる狼が居た。その姿に紬は感心すると、再び攻撃を仕掛けてくる狼の顎を真下に潜って、手に握る剣で貫いた。



「何度も再生を続けるなんて、君じゃ不可能でしょ? 魔力も少なくなって来てるしね」



 彼女ならば、格下の魔力を知らべることなど容易いことだ。

 それにより回復の度に全体の一割ほどの魔力を消費していることを把握しており、それが後数回も続かないことも予想出来ていた。

 確かに戦闘中でも回復することが出来るということには、かなりの価値があるだろう。しかし体に含まれる魔力の量は進化するたびに増え続け、同時に四肢の創造に使う魔力の量も増える。その為一度でも戦闘中に使ってしまったら強い程膨大な魔力を消費してしまう羽目になるのだ。


 つまり本来ならば戦闘が終わった後に、残っている魔力を使って回復することが最善であるのだ。戦闘中の回復は最終手段であり、頻繁に使うものではない。



「まあ、使うように仕向けてるのは私なんだけどねぇー」



 紬がそう言った途端、学んでいないのか狼はもう一度突撃してくる。彼女は難なくそれを(かわ)し、同じように足を切り落とそうと剣を素早く振った。



「同じことを繰り替え――――ッ!?」



 しかし、一つの領域の頂点に立つ者が全く学ばない訳がない。

 紬が足を切断することに意識を割き注意が逸らされた瞬間、狼はその口を大きく開け、紬の肩を食い千切った。そして狼は口から見える紬の肩だったものを吐き捨てると、警戒を強めるように足に力を込めた。



「…………やっぱり舐めすぎるのは良くないかな」



 怒り隠しているような声色でそう呟くと、体の様々な箇所に複雑な模様が現れる。

 次の瞬間には魔力の槍が、狼を囲うように大量に作られた。人一人が通れるような隙間すらなく、逃げ場はない。



「ふふ、私は魔術師なんだよ?」



 そして槍は勢いよく一斉に放たれ、狼の体を貫く。

 狼は一瞬にして目から光を失い、雑草が茂る大地に伏した。紬は既に只の魔力の塊となったそれに近づくと、魔力を吸収し始める。



「…………ここに住んでも、静かに暮らせないか。惜しいけどやめよかなぁ」



 そうして入って来たばかりの森を、急いで出た。









 ◇◇◇









「おー、ここも中々……」



 そして紬は、数時間後には森から三十キロメートルほど離れている街に来ていた。

 ここはフィート・ウィリーズ王国の隣国であるリンダル王国だ。この国は全ての方向を他国で塞がれ海に面していない国、つまり内陸国だ。

 それによりフィート・ウィリーズ王国は戦争が仕掛けられていることを警戒している。しかしリンダル王国はかなりの大国であり、資源も充実している。その為国王が変わるか、余程の頃がない限り戦争が起きることは無いだろう。


 そして、紬はその国の北から二番目に位置する街に来ていた。何故二番目なのかと言えば、最も北にある街はリンダル王国でも西端に位置する都市でもあるからである。

 この都市はそこまで規模は大きくないが、街で言うならば人口密度は上位に入る。それほど発達しており、困ることは滅多にない。



「まあ、言葉を覚えるまではここ暮らしかな」



 そうして、紬の生活が始まった。











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