戦争⑥
耳が痛くなる高い音と同時に、紬の斬撃は受け止められる。
ただ単に刃同士が衝突しただけとは信じられない衝撃が、風となって辺りに吹き荒ぶ。それにより元から荒れ果てていた大地が、風圧によって抉れた。
血液の鉄のような臭いのする空気と、数日放置された死体の生臭い異臭に釣られ飛んできていた小さな虫は全て吹き飛ばされ、倒木は飛ばされてきた小石によって、粉々に砕かれる。
だが、彼女の持つ魔力の剣も粉々に砕けてしまった。
今の衝撃に耐えられ無かったのだろう。固体化魔力の剣では精々この程度だ。
「ちッ。これを狙っていたのか」
両者もその衝撃によって無理やり間合いを取らされ、睨み合いへと移行せざるを得ない。
お互いの間合いのギリギリで、彼らは言い合う。
「……ふふ」
「……何を笑っている」
「いえ、何でもないです。そんなことより始めませんか?」
「まあ、それは同意するが」
彼はそう言いながら消えるように 間合いを詰める。
しかし紬はそれを予知していたかのように、目視できない速さで振り下ろされる大剣を、身を逸らしてギリギリで躱した。
彼はそれに目を見開き、さらに追撃を加える。
死角から訪れる、横薙ぎの逃れることのできない攻撃。
その斬撃は、避けようとした彼女の右手を胴体と切り離し、黒く染まった地へと落下させる。
「……ちッ」
一分の無駄もない見事なその太刀筋。
剣術を少しでも嗜んだことのある者なら、いい意味で絶句するような、最高の一撃だったにも関わらず、彼は顔を顰め、舌打ちをした。
「貴様…………俺の攻撃を、認識出来ていたな?」
「……さぁ? 何のことでしょう」
「惚け――なッ!? ……そうか、お前は人間じゃなかったな」
煤汚れた片腕が血の流れていない切り口に張り付き、まるで切断したのが嘘のように元通りとなっっていた。話している隙に密かに浮かび上がり、彼女の元へと運ばれて行ったのだ。
加えてそうしている間にも新たな武器が作られようとしており、彼の優位は完全に消え去った。
「……化け物か?」
「闘王こそ化け物じゃないですか?」
「そうかも、なっ!」
彼は話の隙を狙って急激に間合いを詰める。
紬は強い。魔法の面に置いては、人類で敵う者は居ないだろう。
しかし魔物としての格は、闘王より数段下だ。格として並ぶには、あと数回は進化しないとならない。
格と言うものは、その者の保有する魔力量の上限によって決まる。
闘王は格上なのだ。単純な魔力量で紬と比べたら二倍近い差がある。
彼は魔法を全く使えないので魔力量など関係ないが、それでも技術の面でも圧倒している。
「消え――」
「はぁああッ!!」
「ッ!?」
それはつまり、身体能力や動体視力でも同じと言うことになる。
彼女は迫りくるその鉄塊を何とか、魔力の剣の細い刃で受け止める。
その衝撃で又もや彼女の武器は粉々に砕け、隙を晒してしまう。
「まず――――」
彼はその隙を狙い、埋まっている大剣を引き抜いて切り上げた。
紬はそれを受け止める。
それは即興で作った小さな魔力の塊だ。盾とも言えないような粗末なもの、攻撃能力はないに等しいが、その場しのぎには丁度良いだろう。
ただそれは二撃目を食らうと同時に複数に割れ、地へと落下する。
「……――の前に、このままじゃ」
「はぁッ!!」
闘王の猛攻は疲れを知らず、寧ろ勢いを増してきている。
このままでは紬の魔力が減少するばかりであり、勝ち目はないだろう。
魔力にも限りがあり、無限に湧いて出て来る訳でもない。
“仮想世界”に干渉すれば魔力は回復できる。しかし魂を傷つけないに魔力を摂取するには大規模な魔法陣が必要になって来る。
それには時間と安全が確保されていなければならないので、今の状況では使えなかった。
盾を作りは壊されることを何度も繰り返し、何かを決めたのか彼女は振り返り、全力で走る。
「お前、逃げるのかッ!?」
「…………」
「ちッ。動くなッ!」
岩を拾い、全力で投げつける。
闘王ほどの存在が全力で投げた物の速さは見たことも無いような速度にまで及び、走る速度など比べ物にならない速度で紬に迫る。
紬を止まらせることが目的だった投擲は、見事命中した。
紬自身は傷一つ負わなかったものの、その小さな体では衝撃を逃しきれなかったようで、彼女を地面へと叩きつけた。
「終わりだ」
「……そう、みたいですね」
剣先を向けられ絶対絶命の状況。
そんな中でも、紬の口の端が僅かに吊り上がる。
「ふふ」
「何を――――」
「直ぐに分かりますよ」
「……? ……ッ!?」
彼の心臓が、大きく跳ねる。
一瞬前までとは比べ物にならないほど心臓の鼓動が速くなり、まるで耳元で太鼓を鳴らされている感覚に陥った。
額には大量の汗が滲み、呼吸も意味がないにも関わらず無駄に速くなっていた。
すると彼は胸に違和感を感じ、その地面に片足を付く。
「紬ぃ……お前、何をしたァ」
「単純なことですよ? 生命の維持に必要な魔力を全て奪っただけです」
「何、をぉ」
体内には、生命なら種族問わず魔力が含まれている。それは近年の研究で見つかった事実であり、全て奪われたなら死亡してしまうことも理解していた。
しかし魔力が体外へと流出し始めたら、それに簡単に気付くことも可能だという結果も出ていた。
これは罪人で人体実験したことにより判明した事実なので、間違いはない。
「まぁ、少し工夫して体外ではなく“魂の存在する世界”……私の名付けた名称で呼ぶなら「仮想世界」とでも言いましょうか。そこに魂を経由して直接魔力を出したんですよ」
「なっ……そんな芸当、どんな魔術師でも不可能だ……」
「そうですね、魂に干渉するのは難しいです。魂に異常を来さないように気を付けなければならないですから」
「つまりそれは……」
彼の背中に悪寒が走る。
しかし、その予想は意外な方向に外れることになる。
「――ですが、仮想世界に干渉すること自体は、魂との導線を経由すれば意外と簡単なのですよ」
「は?」
「それこそ、体の中に構築できるほどに、ですね」
「なに? つまりお前の魔法は……」
そこで彼は、紬が魔法陣を使わず魔法を扱える理由を知った。
祖国の発展のために、彼はそれを聞き返そうと試みる。しかし、それは彼女の言葉によって遮られた。
「ここまで長々と無駄な説明をしてきましたが」
「あ?」
彼女が闘王に向かい歩いていく。
片手には、即興で作ったとは思えない程鋭い、魔力の剣が握られている。その幅は中々広く、もし急所に当たってしまったら助かる道は消えてしまうだろう。
何故か必要のないはずの模様や装飾が施されていて、まるで伝説の勇者の剣のようだ、と彼は思った。
しかしそんな生易しい物では無い。この状況でそれを見てしまったことで、彼は自分の運命を悟ってしまった。
「そうか、俺はここまでか…………」
「そうですね」
「……ははっ、はははっ。もう笑いすら込み上げて来てしまう……」
彼は乾いた笑いを浮かべる。
もう立つことも出来ず、こうなれば死を待つのみであった。彼は末期の病人と変わりない、と心の中で密かに絶望した。
闘いの王の名を冠するまでに至った彼にとって不幸なことは、良くも悪くも剣一筋の男だったことだろう。少なくとも今に至るまでほんの僅かにでも魔術を嗜んでいたのなら、このような結果には終わらなかった。
紬が施した魔法は、見習いの魔術師ですら防げる程度のもの。その程度の魔法が彼を死に至らしめることなど、誰が予想していただろうか。
果たしてそれすらも彼女は予期していたのか、それを彼が知ることはない。
既に動こうにも指先すら動かせず、止めがなくとも直に息絶えてしまうだろう。
そう考えている間にも、彼女はその青白い剣を逆手に持ち、大きく振り上げている。
「………では、来世で会いましょう」
「はっ、冗談はよせ。死んだら終わりだ」
「どうでしょう?」
「……何を言っている? 死んだらそれ――……」
「…………ん?」
彼の胸元にはその透明な剣が深く刺され、闘王と呼ばれていた男は瞬き一つしなくなっていた。
その途端、晴天だった空は灰色に染まる。その様子は、まるで世界すらも闘王を殺した“その存在”の誕生を呪っているかのようだった。
「……進化したかな?」
青白く神秘的な光を放っていたその剣は、赤黒く濁っている。
二人が戦っている戦争の跡地から数百メートル離れた山の頂上。そこには全身を漆黒の衣服で包んだ、一人の女性がいた。
その女性は、ある方向を向いて、木製の望遠鏡を覗いている。
「ちッ。クソッ! ルーズさん……」
一つ舌打ちをすると、怒りを露にしながら悪態を付いた。
望遠鏡を持つ手には力が入り、ミシミシと悲鳴を上げながら表面の木にヒビが入って行く。
「早く、報告を……」
女性は振り返り、急いで母国へと帰って行った。




