魔法の杖
店内に入ると、かなりの広さがあるようだった。外から見た時点で店の規模が大きいことは分かってはいたが、奥行きが予想以上に長かったようだ。
『青い林檎』とは違い、表の通りに在るためか客が段違いに多く見える。中には子連れの母親などの意外な年齢層の客もいる様だ。この店は杖の他に、街中で見かけるローブや、紬が作成した経験のある明かりの魔道具のような、生活のための道具なんかも売っていた。
紬は迷いなく杖が売っているコーナーへ向かう。
そこには、高級感のある木で出来ている細長い短杖や、紬の身長すら超える長い杖が壁に飾られていた。しかし値段を見ると、そのどれもが金貨を幾つも要求する高価なものばかりだ。
だが一つだけ、銀貨13枚という驚異の安さで売られている杖があった。フルアスという名の杖だ。
これは初代リド家であるアートル・リドが作成し、それから年々改良されているロア・リド初の量産型の杖である。魔法学校の生徒や魔法を学び始めたばかりの初心者が愛用している杖であり、熟練者には少し力不足ではあるものの、費用対効果が最も高い杖とされている。
今回杖が購入を予定していたのもこの杖だ。
魔法書の初級と中級の間のページに記載されていた杖だ。いつか買おうとしていて、偶々生産地であるリドストームへ向かうこととなった為、ついでに購入することにしたのだ。
重ねて置いてある杖を一つ持ち、店員が立っているカウンターへ向かう。
「これをお願いします」
「えっと……銀貨13枚です」
「はい、これで大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫です……」
「じゃあ、ありがとうございました」
店員は新人のようで少し手際が良くなかったが、無事杖を買うことが出来た。
そして紬は店を出て、歩く人々の邪魔にならないよう広場から遠ざかった。
「すごい。かっこいいなぁ」
そうして紬が木で出来た箱を開けると、一本の細長い木でできた棒のようなものが入っていた。
やはり見た目は金貨数枚するような高級品と比べ見劣りするが、無駄な装飾は無くシンプルな構造になっており紬の好みにとてもマッチしていた。
杖の持ち手の下の方には、青白い結晶が木に絡められているように取り付けられている。この結晶の中心には、魔力の固体化の難易度を下げる魔法陣が刻まれているようだ。
「……おおっ! 作りやすい」
明らかに感覚が違う。彼女がそう確信をもって言える程に、杖の効果は大きかった。
今までのことが嘘のように、自由に魔力の結晶を操ることが出来る。小さな宝石を創ってみたり、細かく砕いて降らせてみたり、ただ魔力で遊んでいるだけで半日は過ぎてしまいそうだった。
そうして暫く杖で遊んだところで、魔法書の勉強に移り始める。
この杖はかなり使いやすく、全く構築することが出来なかった魔法陣も、一つの現表文字までなら作成することが可能になった。
これでコツは掴めたようで、数時間後には素手で同じことが出来るようになっていた。当然、杖であれば小さな魔法陣程度であれば発動まで可能になっていた。
すると日も傾き、空もオレンジ色に染まってきていた。これ以上暗くなると、明かりの魔法を発動させるために常時魔力を消費するので効率が悪い。そのため今日はここまでにしようと紬は決めたようだ。
紬は夜に睡眠をとる必要がないため、ここに来るときは走り続けていた。加えて、当たり前だが今の紬は家を持っていないので帰宅することも不可能だ。しかし街中だとそうもいかないので、今夜はリドストームを探索することにした。
生憎、宿に泊まることができるほど彼女の懐は温かくない。
明日もまた同じことを繰り返すのは流石に飽きてくるので、明日からは自分の住む家を探そうと決めた。
ただ、家を変える程のお金は彼女には残っていない。それは賃貸でも同じことである。
「賃貸……いや、できれば住み込みで働けたら楽なんだけど……」
そうしているうちに日も昇り始め、街も朝日に照らされ始める。
肝心の紬は、昼間に見かけた飲食店に働きに行こうと考えていた。




