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サキュバスの力

「早速ですが、大地くん。あなたにお話があります」


 日葵さんの部屋に連れてこられた俺は、差し出された座布団の上に正座していた。


 すぐに首になると思っていたし、さっきまで月麦と言い争いをしていたので、憧れの日葵さんの部屋に入ってもその女の子っぽさに感動する暇もなかった。


「さっき私が言った魅了魔法のことだけど、どんなものかわかるかな?」


「……文字どおり、人を魅了してしまう魔法のことでしょうか?」


 日葵さんはいったい何の話をしているんだろう? ゲームの話だろうか?


「そう、それが月麦にも使えるの。あの子、サキュバスだから」


「はい?」


 日葵さんからなんだかファンタジーな話が出てきて俺は混乱した。


「サキュバスは人を魅了して従えてしまう力を持っているの。あの子はその力を使って」


「ちょ、ちょっと待ってください。サキュバスって何ですか? そんなものはファンタジーの世界の話で、現実にはいませんよね?」


 サキュバス。いわゆる夢魔むまというやつは、男性の夢の中に現れて性交して去っていくと語られている悪魔のことだ。


 まさか日葵さんは、思春期の少年少女が黒歴史を量産しまくるあの恐ろしい病気をわずらってしまい、それがまだ完治していないのか?


「ううん。それがね、信じられないかもしれないけど現実世界にいるの」


 日葵さんは真剣な表情で言った。


「大地くん、月麦の目を見たときのことを思い出してほしいんだけど、心の奥底が熱く燃えたぎって我慢できなくなるような感覚にならなかった?」


「それは……おかしいとは思いましたけど」


「それがあの子の魅了魔法の力なの。もし、大地くんがその誘惑に負けていたら、今頃あの子の言うことになんでも従う操り人形のようになっちゃってたと思う」


 言われてみればあのとき、月麦に従属することに幸せを感じるような感覚が俺の中で大きくなったのは間違いない。


 でも、まさかそんなことが……。


「急にこんなことを言われても信じられないのはわかるよ? でも、できることなら私の話を茶化さないで聞いてほしいの」


 日葵さんが不安そうに俺のことを見つめている。それを見た瞬間、俺は彼女を信じることに決めた。


 日葵さんがここまで真摯しんしに向き合って俺に話してくれているんだ。


 これを無下むげにするようでは男じゃないだろう。


「わかりました、日葵さんを信じます」


「ほんと? ありがとう大地くん!」


 俺のその返事がうれしかったのか、日葵さんは安心したように笑ってくれた。


「じゃあ、月麦が魅了魔法を使えるのはわかってもらえたとして話を進めるね? あの子はその力を使って、今まで家庭教師に来てくれた人をみんな魅了してしまったの」


「だからみんな、月麦に勉強をさせられなかったんですか?」


「うん、そういうことだね。今まで何度、勉強を教えに来てくれたはずの人たちが月麦の言いなりになってしまうところを見たことか……」


 日葵さんは額に手を当てて悲しそうに眼を閉じた。


「ひどいときは『月麦は俺の推し、彼女が笑っている姿を見ることが生きがいだ』なんて言い出す人もいて、高価なものを買って月麦にみつごうとしてきたんだよ……もちろん、全部受け取りはしなかったけど」


 なんともひどい有様である。


 口には出さなかったが、やはりビッチは関わるとろくなことにならないと俺は改めて思った。


「そうやって月麦に魅了されてしまった人たちは、そのあとどうなったんですか?」


「魅了魔法の効果は長くても一日だから、みんな一晩寝たら元通りだよ。魅了されたその日に自分が何をしていたのかは覚えていなかったみたいだったけど……」


 なんだか催眠術みたいだなと俺は思った。


「妹に勉強を教えられなかったら辞めてもらうって条件をつけたのは、魅了されてしまったら家庭教師を続けられなくなることがわかっていたからだったんですね?」


「うん……大地くんを試すようなことをしてごめんなさい!」


 日葵さんは身体を二つに折り曲げて、大げさなくらい頭を下げた。


「そんな! 日葵さんに謝られるようなことはされてませんよ」


 俺がそう言うと、日葵さんは顔を上げて上目遣いで見つめてきた。


「だけど私は、あの子がサキュバスの力を持っていることを隠してたんだよ? もしかしたら大地くんだって魅了されてしまっていたかもしれないのに……」


 それはその通りだ。もし、俺が誇り高き童貞じゃなかったら、きっと月麦の誘惑に耐えられなかっただろう。


 だけど……。


「気にしなくていいですよ。日葵さんのことですから、もし俺に何かあったとしても助けてくれたんでしょう?」


「そんなの当たり前だよ! 私にできる限りのことはするつもりだったけど……」


「だったら、問題ありませんよ」


 やはり日葵さんは優しい人なのだ。


 妹のために行動する中で、どうしても人を試すようなことをしなければいけない状況になってしまって、きっと心を痛めていたに違いない。


「……私を許してくれるの?」


「許すもなにも、俺はまだ何もされてませんよ? それに、今日のバイト代だってちゃんと貰えるんですよね?」


 俺が笑顔でそう言うと、日葵さんは涙ぐみながらありがとうとお礼を言った。


 なんとなくその空気がむずがゆくて、照れ臭かった。

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