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幸せな時間

 そんなハプニングがありつつも、限定のケーキはおいしかった。


 俺たちはケーキを十分に堪能たんのうし、店から出た。


「次はどこに行くんだ? 行きたいっていってたし、アニメショップか?」


「それでもいいんだけど、せっかくいい天気なんだし、あっちのほうにある公園に行かない?」


「今日はまだ時間もいっぱいあるし、構わないぞ。でも、公園でいったい何するんだ?」


 この年になって遊具で遊んだりするものでもないしな。


 それに二人でできる遊びなんて限られている。


「別にいいじゃない、何をするのか決めなくてもさ」


 そんなことを考えていたんだが、月麦は俺の手をそっと握ってきた。


「月麦?」


 握られた手の温かさを感じて、ドキドキしながら俺は月麦の方を見た。


「こうやって一緒に散歩するだけでも、きっと楽しいと思うの」


 そう言って月麦は穏やかに笑った。


 俺は握られた手に思わず力をこめて、彼女の顔をじっと見つめてしまう。


 今でも、女の子とこうして手を繋ぐのには慣れない。


 でも、今日のこいつはいったいどうしたというのか。


 魅了魔法を使うとき以外で、ここまで積極的にスキンシップをとってきたことなんかなかったのに……。


 俺はそんな月麦が可愛く見えて仕方なかった。


「……月麦がそれでいいなら」


「うん。ほら、行きましょ?」


 彼女は笑って、楽しそうに俺の隣を歩く。


 公園に着いてからも、その繋がれた手が離れることはなかった。


 子供たちの走り回る声、凪いでいる風。


 とりとめもない会話をしながら自然にかこまれた道を二人で歩いた。


 緑の多い景色を見ながら、ただ月麦と一緒にいただけなのだけれど、不思議とそれは退屈じゃなかった。


 気づけばずいぶんと時間が経っていた。


「そろそろお昼だな、どこかで食べるか?」


「あ、あのね。ちょっとこっち来て」


 月麦は俺の手を引くと、公園のベンチに腰掛けた。


 そして、今日のデートの最初から持っていた大きな鞄の中から包みを取り出して、膝の上に置いた。


「じつはね、わたし、お昼ごはんにお弁当もってきたの。だから、ここで一緒に食べよ?」


「お、ほんとうか? 助かるよ、ありがとう」


 日葵さんが月麦に持たせてくれたのだろうか?


 あとで日葵さんにもきちんとお礼を言っておかないとな。


 月麦はなぜか緊張した面持ちで包みを開き、お弁当箱のふたを開けた。


 中には白米と梅干、シャケの塩焼き、コロッケにウインナー、トマトにブロッコリー、それから、ちょっと焦げた卵焼きが入っていた。


「これは日葵さんがつくったのか?」


 卵焼きを焦がすなんて、日葵さんにしては珍しいミスだなと思って何気なく俺がそう尋ねると、月麦はむすっと頬を膨らませていじけたような態度をとった。


「違いますぅー! このお弁当は全部、わたしがつくったんですぅー! そりゃお姉ちゃんに比べたら下手だし、おいしくないかもしれないけどさ」


「えっ、マジで? これ全部お前が作ったの?」


「なによ、その意外そうな顔は」


 俺は弁当に視線を戻す。


 ちゃんと全部が料理の体裁ていさいを整えているし、おいしそうだった。


「……お前は料理の腕、というか家事全般は壊滅かいめつしていると思ってた」


「失礼ね。部屋だってちゃんと掃除してるし、簡単な料理くらいできるわよ」


 月麦はふてくされながら、おはしを取り出して俺に手渡した。


「……確かに、卵焼きとシャケは焼くだけだし、それ以外は冷凍食品だし、お姉ちゃんにはまったく及ばないけどさ……でも、お姉ちゃんと比べたらわたしもそうだし、いろんな女の子の立つ瀬がないわよ」


 月麦の言うように、日葵さんと比較するとほとんどの女の子が敗北してしまうだろう。


「ほら、とにかく食べてみてよ。見た目はそんな悪くないし、味だってちゃんと味見もしたからさ。人に出せるかって言われるとそれは微妙かもだけど……」


 月麦は自信なさげにそう言った。


 俺はそんな月麦を横目に卵焼きを一口で頬張った。


 見た目はちょっと焦げていたけど、ふつうにおいしかった。


「……うん、この卵焼きうまいぞ」


「ほんと? 別に気を使わなくてもいいのよ?」


「気なんか使ってねえよ。俺のために作ってくれてありがとな」


 俺はほかのおかずにも手を付けた。


 月麦は冷凍食品だと言っていたけど、それはとてもおいしく感じられた。


 こうやって俺のために、普段はあまりやらない料理を一生懸命に作ってくれたことがうれしかった。


「よかった……喜んでもらえて」


 俺が次々とお弁当を口に運んでいる様子を見て、月麦はほっとしたように表情を緩ませた。


「うん。うまかった。ごちそうさま!」


 俺はすぐに食べ終わり、手を合わせた。


「もう食べたの? 早いわね……足りた?」


「おう、朝一であれだけケーキも食べたし十分だよ」


「そっか」


 月麦は自分の分も食べ終えると、俺から弁当箱を受け取って鞄の中にしまった。


「それじゃお腹も膨れたことだし、今度こそアニメショップに行きましょ。ここからだと少し歩くけど、いいわよね?」


「ああ、いいぞ。買いたいものもあるしな」


「わたしも。さっき歩いているときにあんたが話してた漫画、買って読んでみたくなったし」


 月麦はそう言って再び俺の手を取った。


「ね、早くいこ?」


 いつものように、俺は月麦に引っ張られながら後ろをついていった。


 月麦と出かけるときはいつだって、こいつが俺の手を引いていく。


 それが楽しくって、どこか照れくさくって。


 俺はそんな月麦の笑った顔が愛おしくって仕方ないのだった。


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