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「えと、シェラのおすすめはどれ?」
シェラはいそいそとテーブルを回ってミグの横からメニューを覗き込んだ。もふり。米神の上あたりになにか当たる。シェラのひつじ頭だ! ドキリと心臓が跳ねるとともにミグはもふもふしてみたい誘惑に駆られた。
「おすすめはこれ。絶品モチャップルパイ! モチャクリームとりんごを包んだパイだよ。飲み物はね……ミグってお酒飲める?」
もこもこの髪に頭をなでられ、至近距離から顔を覗き込まれたミグはつい目が泳いだ。
「成人はしてるんだけど、苦手で」
「だったらナッツミルクはどう? 甘いジュースだって先輩が言ってたよ」
酒以外のものもあるのか。ミグはホッとしてシェラおすすめの二品を頼んだ。シェラは「かしこまりました」と改まった口調で注文を伝票に書き込む。それがおかしくてくすくす笑うミグに、また休憩の時に来るからね! と手を振ってシェラは仕事に戻る。その背中を目で追うと、カウンターを越えて厨房らしき奥へ消えていった。
シェラのエプロンが給仕の黒いそれと色が違うと思ったが、裏方らしい。そういえばレゾン首長に火番のアルバイトと言っていた気がする。ということは休憩時間まで姿を見ることも叶わないだろう。
それはつまんないなあ、と考えているとさっそくナッツミルクが運ばれてきた。想像通りの乳白色で、鼻を近づけてみるとナッツの香ばしいにおいがする。ひと口飲んでみる。
「あまい。本当にジュースだ」
ミグはすぐに気に入り、もったいなくてちびちびと飲んだ。
そうして少し時間がかかってから、きれいな小麦色に焼き上がりてらてらと照明の下で輝くモチャップルパイが出てきた。ミグは思わずつばを飲む。
待っている間にもあちこちのテーブルでモチャップルパイに舌鼓を打つ人々に気づいた。ひと口含めばみんな、たちまち恍惚のため息をついて身をよじる。それを見ているうちにミグの期待値は頂点に達していた。
「いただきます」




