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「アプリーシア一匹の侵入を許すなんて、最近の警備隊はどうなってるんだ」
「おい、知ってるか? 幽霊船が出るって噂……」
「店員さーん! お酒追加ね!」
「彼女に連絡拒否られた……俺はもうダメだ……」
「お前またそんな話信じてるのかよー!」
滑走路から一歩外れると、まったくごちゃごちゃと置かれたテーブルやイスを避けるのはひと苦労だった。しかしトレイを持った店員はすいすいと間を縫ってくる。避けようとしたミグは足がもつれて一回転した。だがすれ違った店員も体を縦や横にまるで踊るように捌いていると気づいて、そうかと思う。
ミグは壁際の空席をちらっと確認し、床に視線を落とした。視界に入ってくるイスの位置と人の足の動きに集中し、その流れをいなして進んでいく。たたらを踏んだりつまずきそうになったりしたが、なんだかだんだん楽しくなってくる。自分ではなく、相手がミグの思う通りに避けていく心地がした。
目的の空席に辿り着く手前で、突然飛び出してきたイスをくるりと回ってかわし、ミグはチュニックの裾をひらめかせた。
「ふふっ。もうこのお店の歩き方を覚えたの?」
「シェラ!」
振り返ると黒のタートルネックにカーキー色のズボンという私服の上に、クリーム色のエプロンを身につけたシェラがペンと伝票を持ってにっこり笑っていた。シェラはミグに席をすすめる。この席はレンガを積み上げたテーブルと、木枠に布を張ったイスのセットだった。
「友だちを招待したんだ、って言ったらネエさんが『それならぜひあんたが注文を取りに行ってあげなさい』って言ってくれたんだ」
「姉さん?」
「この店のマスターだよ。みんなネエさんって呼んでるんだ。メニューはこれね!」
脇に持っていたメニュー表を渡され開いてみるものの、シェラのおごりと聞いている手前どうしても遠慮がちらつく。予算を聞くのは失礼だろう。一番安いもの? あからさま過ぎる? しばらく悩んだミグだが結局決められず、顔を上げるとシェラにわくわくした目で見つめられていた。




