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この手を知っている。ミグの手が今よりもう少し小さかった頃、もっと大きくごつごつとしたゼクストの手を握って頼りない灯が消えないよう懸命に魔力を注ぎつづけた。けれども最後にはこの手をすり抜けていった温もりだ。
「ミグ、どうしたの」
肩に触れられてミグはハッとソリアの手を離した。心配そうにシェラが顔を覗き込んでくる。額に手をやり、ソリアとゼクストを重ねるなんてどうかしていると自分を叱る。しかし焦燥に煽られた鼓動はなかなか鎮まらなかった。
「ごめん、シェラ。ソリアさんの体力を考えたらこれ以上魔力を強くすることはできない。まだ時間がかかると思う……」
その間になにか起きれば持ち堪えるのはかなり厳しい。特にこれから季節が冬へと移れば、寒さが病身を襲う。寝たきりに加え、ひどくやせ細ったソリアの体力がこれ以上落ちることはあってはならない。
ミグはきつく拳を握った。これはこぼれゆく命を受けとめ損なった手だ。過去のミグはしくじった。また助けられないかもしれない。
魔法が使えても、私ってなんにもできないの……?
「なに謝ってるの、ミグ。自分がどれだけすごいことしたのかわかってないの?」
震える手に息を呑むほどの熱が触れた。弾かれるように顔を上げると命萌える若葉の瞳と出会う。
「三年だよ。もう三年も俺は母さんの声を聞いていなかった。時々思い出せなくなる瞬間があって、すごく怖かったんだ。俺……」
涙に濡れた声を飲み込んで、シェラは一度腕で目元を強くこすった。
「俺の心もミグは救ってくれたんだよ! 本当にありがとう」
くしゃりと笑うシェラの肩を抱いてソリアは一枚の紙をミグに差し出した。
――我が子の名前を呼べる。これ以上の喜びはありません。ミグさんの魔法が私に幸福と希望を授けてくださったのです。どうか誇ってください。
紙から顔を上げたミグにソリアは微笑んで、ひとつうなずいた。そんな母の横顔を見てシェラもくすぐったそうな笑い声をこぼす。受け取った紙を胸に引き寄せると、春の日だまりのような暖かさが心に染み渡り、ミグの顔も自然とほころんだ。




