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ミグは向き直って、おかえりと迎える。シェラはにっこり笑って「ただいま」と返してくれた。明るい性格はシェラの長所だが、そのあまりに曇りのない笑顔は今のミグにまぶしく、少し意地悪な心が芽生えてくる。
「シェラがどうしてお礼を言わせてくれないのか悩んでたの」
少年の肩はあからさまにギクリと揺れた。
「そ、それはほら、前にも言ったけどお礼を言われるほどのことじゃないからだよ!」
「ヴォルさんやレゾン様に目をつけられている私と関わりを持たれるのは迷惑……?」
意地悪ついでに、つい本音がこぼれた。シェラの笑顔が固まって、風が吹いた拍子に消える。日が刻々と落ちていく時間、西日を背負った少年の顔は陰ってよく見えなくなる。
「そんなんじゃないよ。ミグには感謝してもし足りないんだ」
「えっ」
「ミグをアプリーシア退治の英雄にすれば恩返しになると思って〈鬼灯〉を使ったんだ。なのに首長様に怒られるなんて思わなかった」
本と上着を胸にぐっと引き寄せてシェラは大きく一歩詰め寄った。夕陽を透かして黄金と赤茶色に燃える髪を振る。普段隠れている眉は太めで堪えるようにつり上がり、若葉の目はかすかに揺れていた。
「ごめん! 俺のせいで余計な迷惑かけちゃった。俺ずっと、ミグに合わせる顔ないって思ってたんだ……!」
勢いよく下げられたひつじ頭にミグは目をまるめた。深々と後頭部をさらしたままシェラはなかなか顔を上げようとしない。迷う目で坂に通行人はいないと確認したミグは、少年のやわらかな髪にそっと手を伸ばした。
「〈女神の祝福〉のこと、気づいてたんだ」
「……うん」
「お母さん、元気になった?」
ゆったりと髪をなでる手の下でシェラは震えた。かと思いきや、突然身を起こす。驚くミグの目を覗き込んで、シェラは自分が弾いた手を掴んだ。
「うん! 来て!」
そのまま返事も聞かずに走り出す。ミグはよろめきながらもシェラの手を拒むことはしなかった。せつな、間近に見た若葉の目は少しうるんで見えた。




