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ミグはつまずきながらヴィンの前に立ちはだかった。この放埒男、酒代を減らされそうになった腹いせに首長邸へ殴り込みにいくに違いない。夕飯の買い出しに出てきた近所のご婦人方がそそくさと通り過ぎていく中、ミグは「もっと別の方法があるはず!」と説得を試みる。
しかしヴィンは地面でのたうつミミズでも見たような目をして「お前バカ?」と吐いた。
「なに勘違いしてんだ。アパート前でボーッとしてる暇があったら俺の髪結べ。ぶうたのせいで伸び放題だろ」
「私はきみの床屋じゃないけど!? あとぶうたじゃなくてぐうたでしょ!」
「へえ。気に入ってたのか。そりゃ悪かったな、ぐうた」
にやりと笑われて恥ずかしさに顔を赤らめているうちに、ヴィンは脇をすり抜けていく。「ちょっと!」と咎めても今度は立ち止まらない。ミグは仕方なく歩きながら問い詰めた。
「その木材なに。どこから持ってきたの。なにに使う気?」
「質問が多いな。そんなに俺に興味津々か?」
「茶化さないで」
ミグはヴィンの前に回り込み腰に手をやった。首長の秘書ヴォルから重ね重ね警告を受けている。疑われる行動はできない。もしもミグやヴィンが牢獄行きになったら、かばってくれたテッサの立場が危うくなる。
テッサを守るということはなにも、身の危険から守ることばかりではないと、ミグは首長レゾンと対面して考えるようになっていた。
だが、めんどくさそうに眉根を寄せたヴィンの考えは違うようだ。
「お前すっかりビビってるな、あの首長に。大人しくしてれば本当によくしてもらえると思ってるのか」
ミグは思わず目が泳いだ。答えは自分の中にない。
「レゾン様はジタン様と旧知の仲だった。テッサもレゾン様を信じてる」
「あいつは言ってたよな。戦後処理は連合国との兼ね合いもあるって。俺たちのことも、あいつの一存でどうとでもできるとは限らないわけだ。連合国の誰かが帝国出身者は信用ならねえって言い出したらレゾンもかばいきれないだろ。そもそもかばう利点があるか?」




