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「ち、違います、レゾン様。攻撃魔法を使ったのはミグではありません!」
そうだよね、とテッサに肩を掴まれるまで、ミグは体も思考も強張ったままだった。親友の焦りを肌に感じる。痛いところを指摘されただけではない。首長レゾンは顔が整い過ぎていた。一見して年齢不詳のその美しさは、無表情の面で飾りつけられるとよりいっそう近づきがたい冷気を感じる。
ここで動揺を見せては疑いを深める。わかっていたが、声が震えた。
「あの〈鬼灯〉は大橋の東区入り口付近から飛んできました。その方角から走り去る人を見ています。小柄のたぶん男性……少年だったと思います」
「他に特徴は」
「……〈二重〉でしたが、とても強い魔力でした。おそらくきちんと魔法を習ったことのある――」
「きみも相当魔力が強いと検査結果が出ている」
言葉を遮られてミグは一気に意気が削がれた。テッサがなにか言いかける息遣いを感じたが、なかなか声になって出てこない。視界の端でヴォルがにやにや笑っている。
「で、ですが私はやってません。プロキオン帝国と交戦していた時でさえ攻撃魔法は使いませんでした。今回の件でも使ってないと父に誓って断言します!」
自分の声はちゃんと音になって響いているのだろうか。そんな疑いが過るほどレゾンは眉ひとつ動かさない。次第にミグは羞恥を抱く。高潔な首長を前に自分の中にある言葉はどれも幼稚に思えて、それらを少しでも最もらしく聞こえるようにする技術もないと気づいた。
首長レゾンはしばし考える間を置いて、秘書を呼んだ。
「ヴォル。少年らしきふたり目の魔導師の目撃情報は」
「ありません。ですが、テッサ様と元帝国兵への事情聴取はまだです」
レゾンの青い目はまずテッサを映した。テッサはどうにか流れを好転させる言葉を探していたようだが、やがて胸元を握り締めて「私は見ていません」と白状した。
次にレゾンがヴィンへと目を移したとたん、黙ってことのなりゆきを見ていた彼は舌打ちした。




