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「どうせあれだろ。いいところ見せて、レゾン様に認めてもらおうとでも考えたんでしょ。浅はかですね。その程度でおたくら帝国出身者の心証がよくなると思うなんて、よほどおめでたい頭をしていらっしゃる」
「なんだと」
せせら笑ったヴォルにヴィンが向かっていこうとした時、凛としたテッサの声が場に響いた。
「出身地で人格を決めつけるその差別的発言は聞くに堪えませんわ、ヴォル様。高官として不適切なその話し方も改めてください」
一段低くなったテッサの声には聞く者に耳を傾けさせ、否と言いがたいものを感じさせる。王家の覇気と呼ぶべきか、肌を粟立たせヴォルに一礼させたその人をミグははじめて見たかのように注視した。
「先ほどミグが申し上げたように、アプリーシアは私と少女を捕らえ今にも街から離れようとしていました。時間がかかれば胃液が少女を襲っていたでしょう。警備隊の到着が間に合っていたとしても、あなた方の中にアプリーシアの体内にいる少女を傷つけず正確に捕捉できる魔導師がいますか」
「わ、我が国の魔導師を侮られては困りますよ。テッサ様」
ごめんあそばせ、と口ずさんだテッサの唇は微笑を浮かべていたが目はにこりともしていなかった。
「ですが、非常に緊急性の高い状況だったことはこれで理解して頂けたと思います。加えて、私を守ることは我が父にしてレゾン様と旧知の仲でもあったジタン王の遺言。私の魔導師は自らの務めをまっとうしたに過ぎません」
「テッサ……」
幼なじみはわざとミグを私物のように言ったのだとすぐにわかった。なにせその扱いはテッサが一番嫌っていることだ。同年代はおろか上にも下にも、友と呼べる存在がいなかったテッサはたとえ本人が尻込みしてもミグを友の座に据え置いてゆずらなかった。
だが今あえてミグを臣下のように扱うことで、テッサはヴォルや他の者が手出しできないよう守ろうとしていた。だからミグは、恐れるような眼差しを寄越した親友にしかとうなずき返し、ありがとうと唇だけを動かした。




