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「抱きとめてくれたとき『よくがんばったな』って言ってくれたの」
そこだけ切り取れば英雄然として見えなくもないが、なんの相談もなしに橋から飛び下りられたのはミグにとって迷惑行為だ。ついでに言うと魔力を消費して足場を作ったのも、ヴィンの動きに合わせたのもミグ。軟派金髪男はなにも考えずぴょんぴょん跳ねていただけではないか。
うっとりとヴィンを見つめるテッサの肩にミグは勢いよく掴みかかった。
「目を覚ましてテッサ! 主に活躍してたの私だよね!? もしもおーし!?」
「もちろんミグもかっこよかったよ」
と、テッサは言うが、目は一ミリもミグのほうへ動かなかった。
おかしい。親友が壊れた。大きくため息をついて背を向けたミグは、その足元に息を切らした店主たちからヴィンの分の大袋を押しつけられたことにも気づかなかった。
いつものテッサならナキを思って決然とヴィンに怒っているところだ。元敵兵のヴィンに対する複雑な思いが解消したから? それにしては二段飛ばししたような思いきりの良過ぎる変化ではないか。
ミグはにわかに体の真ん中が冷えていく思いがした。テッサが変わっている。それは感じるが、なにがどう変化したのか表せる言葉が見つからなかった。
その時ミグはふと、行き交う人々の間でじっと佇む人物に気づいた。思わず息を詰める。ねじれた前髪の奥からブラウンの目でひたとミグを見つめる小太りの小男は、首長の秘書ヴォルに違いなかった。
ヴォルはなにも言わず、めんどくさそうに顔をしかめて親指で路地を示す。来い、という合図だ。なにも反応できないミグを気にした風もなく、ヴォルは先に傘をさしてその路地へ消えていく。
夢が、終わっちゃった。
胸に生まれたのはそんな、案外軽い感傷ひとつだった。
ミグはヴォルを追って路地に入った。ひとりで行くつもりだったが気づいたテッサと、意外にもヴィンが仏頂面でついてきた。自由奔放に飲み歩いている男でも、その飲み代の出資者のご機嫌は気にしているみたいだ。




