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テッサに引っ張られるミグが前を通ると、お手伝いの手を止めて子どもたちの首もいっしょに動く。無垢な好奇の目がちょっと痛いと思いつつ、厨房らしきスイング扉に差しかかったところでひとりの女性が出てきた。
「ジェンさん!」
テッサがパン屋の女主人の名前を口にする。褐色の肌に、編み込んだみつあみの黒髪をタンクトップに流している女性はまだ若く、三十代に見えた。
あとからとことこと出てきた男の子が、ジェンの細身のズボンに小さな腕を絡める。こはく色の不安げな眼差しがじっと見上げてきて、ミグはにこっと笑ってみた。
「待ってたよミグ! さあこっちへ!」
いきなりそう言って、ジェンはミグの腕をむんずと掴み厨房へ引きずり込む。中では大鍋が火にかけられ、熱湯がぐつぐつと踊っていた。
調理台にはたくさんの乾燥パスタが用意され、もうひとつのかまどでは具材を切ったり炒めたりしている女性たちがいる。昼食はパスタで間違いない。
「この鍋の火番を頼むよ、魔導師さん」
「え」
「テッサからあなたの話はよく聞いてるんだ。火番をしてくれる魔導師がずっと欲しかったんだよ。料理を焦げつかさないためにはつきっきりで火を見てないとダメじゃん?」
「ええ、そうで――」
「でも子どもたちのことも見る人が必要だからほんと手が足りなくて! 魔導師がいれば火加減は完璧。お料理焦げない。子どもたち安全。重い薪運ばなくて済む。いいこと尽くし!」
ねえ! と肩を叩かれてミグはよろめいた。なかなかに重い一撃だ。テッサはさっきから口を挟むタイミングを図って「あ」と「ちょ」と一音まで発していたが、大河のごとき淀みないジェンの声に押し流されている。
「それに今日はもうすぐホッパーさんが来るんだ。そうだ、子どもたちにモチャを持ってこさせないと! じゃ、あとよろしく!」
『いやいやいや!』
さっそうときびすを返したジェンに、つんのめりながら服を掴むことでミグとテッサはやっと話す順番を手に入れた。




