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「お前はいいよなあ。なんの不自由もなく食っちゃ寝してればいいんだからよ! こっちは片腕に片目まで失って散々だつうのに。私腹の肥やしがこのへんについてるんじゃねえのか」
「ひゃ!?」
その言葉につい動きが止まった隙に、ヴィンの手が腹をつまんできた。くすぐったさに驚き飛び退いた拍子に、ヴィンの手を弾いてしまい目の前の長身がよろめく。両腕がそろっていればまだ踏ん張りが効いたのかもしれない。しかし日頃から片腕になって重心が取りづらいとこぼしていたヴィンは留まることができず、ミグを巻き込んで転倒した。
「くっそ……!」
悪態をつき、ヴィンはすぐさま起き上がろうとするが、片腕ではそれも困難だった。もぞもぞと体の上で動かれる不快感からミグは「落ち着いて!」となだめる。だがヴィンは聞かず、自分の力で身を起こした。
ミグの顔の横についた腕は、意地ともどかしさで震えていた。
「俺はひとりでできるって言っただろ! お前が来ると余計な――」
不自然に言葉が途切れたことを訝しんで見上げると、ヴィンはなにかをじっと見つめて固まっていた。その視線を追ってミグはぎょっとする。倒れた拍子にチュニックのひもがゆるんで胸元が広く開いていた。慌てて服を掴み隠す。
ヴィンは背を向けて、床にあぐらをかいた。
「……お前、なんで俺を助けたんだ」
その問いは一ヶ月間、介助とケンカをくり返してきた中ではじめて投げかけられたものだった。
「ゼクストに、あれ以上人殺しをさせたくなかった。私の、唯一の家族だから」
「いい父親だったんだな」
うなずき返す。だが、顔は上げられなかった。ミグは今になって帝国にいた頃のゼクストをなにひとつ知らないと痛感していた。卑劣な手で次々とベガ国を攻めた帝国に父はいたのだ。長斧の使い手で戦術にも長けておいて、一般国民でなかったことくらいミグにも想像がつく。
手を汚させたくなかったなど今さらな願いだった。
ミグの前では隠していただけで、戦場で見せたあの狂暴性がゼクストの裏の顔なのかもしれない。




