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しかし、この時ミグが薪を一本抱えて部屋に戻ってきたのは、火を起こすためではなかった。
ミグは薪を抱えたままテッサのベッド脇の壁にぴたりと背をつけて、一歩二歩と歩幅で距離を測った。風呂場と洗面台の広さはだいたい四歩くらいか。立ち止まった地点から少し先のところに持ってきた薪を置いた。
そして部屋を這いずり回りながら壁の際いっぱいまで円環を描いた。目標に見立てた薪がちょうど真ん中にあることを確認して、両手を床につく。
「〈女神の祝福〉」
ドラゴンの言葉と魔力が作用する方向を示す線が走るのを見て、さらにイメージを頭で強く描く。
「〈展開〉!」
その瞬間、魔法陣の線が逆向きに変わった。しかし正常に発動していることを示す全体の回転はゆったりと流れつづけている。応用がうまくいったと確信してミグがにんまり笑みを浮かべた時、天井からガタンッと物音が落っこちてきた。
どうやら上階の住人ががまたひっくり返ったようだ。
「ああああ! くそくそくそっ! ズボンなんかくそだ! 消えてなくなれ!」
「じゃあスカートでもはく?」
一階に向かって階段を上がっている途中で、キッチンの小窓から耳苦しい喚き声が聞こえてきて、ミグは小窓の隙間に顔を突っ込んだ。すると床で大の字に寝転がっている男の姿が見える。
くそ呼ばわりしていたズボンはどこに放り投げたのかそばにない。男はパンツ一丁だった。
しかし、顔を起こし長く伸びた金髪の間からミグをにらみつけてきたこの男に限っては日常茶飯事だ。王室育ちのテッサでさえ「まあ」のひとことで片づけてしまう。
ミグは人さし指で玄関を示し、正面に回った。やや間があって解錠の音が響く。だが扉を開けて、さあどうぞと招き入れる親切心を金髪男は持ち合わせていない。そんな愛嬌をひと欠片でも見せてくれればこっちも謙虚な気持ちで接することができるのに、と思いつつミグは部屋に上がった。
とたん、
「なにしにきた」
水色の隻眼でにらまれる。




