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ただ、毎度毎度、大声でねちっこく責めるヴォルがまち散らしていく迷惑までこっちが後処理させられるのは癪だ。だがそれこそテッサまで巻き込んではかわいそうというものだろう。
「そっか。じゃああとから来て。降りる停留所は〈山の下ホテル〉。降りたら湖とホテルがもう見えるから、並木道をそっちに歩いてきて。私はこれからすぐジェンさんとパンを届けに行くんだ」
そう言って壁かけ時計を見たテッサは、いけない! と言って慌ててサンドイッチを口いっぱいに頬張った。ぷっくりと頬をふくらませた幼なじみが小さな子どもに見えて、ミグはくすくすと笑う。ミルクで流し込んだテッサは「失礼ね」と楽しそうに声を弾ませた。
テッサを見送ったその足でミグは地下二階に下りた。そこではヴォルの言っていた魔法陣学校に在籍する坊っちゃんことシェラと、母親のソリアが暮らしているらしい。らしい、というのはミグは今までソリアの姿を見たことがないからだ。病院からアパートへ移ってきたあいさつの時、対応したシェラの口からその名前が出てきたきりだ。
父親のことはわからない。同じく姿を見ないが、出稼ぎに行っているのか、そもそもいないのか。もしもいないのだとしたら、シェラも〈バックトゥバック〉を利用しているのだろうか。
つらつらと考えながら、見えてきた扉をノックしようと手を伸ばした時、向こうから勢いよく開いた。ダークブラウンのもこもことした癖毛が飛び出してきてミグの額をかすめる。寸でのところでお互いに「わっ!?」とあとずさった。
「すみません! 急いでたものですから、ってミグか! おはよう」
毛量の多いひつじ頭からまるっこい若葉の目がミグを映して、愛嬌たっぷりに微笑む。シェラはふたつ年下の十六歳ということを差し引いても、童顔のかわいらしい少年だった。
ミグも朝のあいさつを返しつつ、急いでいると言ったシェラを気遣ってさっさと用件を言った。
「今朝は騒がしくしちゃってごめんね。睡眠を邪魔してなければいいんだけど」




