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世界連合に属する魔石鉱山国リゲルの東区住宅街の片隅では、早朝からもめごとが起きていた。
「なーんど言えば理解してくださりやがるんですか。あんたには魔法を使って頂きたくねえんですよ」
というより、ミグが一方的に叱られていた。
「おたく、自分の立場わかってます? 帝国出身で、身体検査したら魔力が基準値の三倍。おまけにベガ国では森を全焼させたっていうじゃねえですか。軽く危険人物ですよ? 普通なら警備隊の独房直行だかんな?」
「あの、森は全焼じゃなくて半焼、です……」
「あ?」
勇気を振り絞って挙手した発言も、瞳孔が開ききったブラウンの目ににらまれて一蹴される。リゲル国首長レゾンの秘書ヴォルは、小太りの小男だった。
身長はミグと大して変わらない。短パンに白タイツと革靴を合わせた服装はいかにも高官らしいが、平気で舌打ちをかましてくる。白いグローブに包まれた指がさっきからイライラと前髪の毛先をいじくり回していた。
「レゾン様のご慈悲と、テッサ王女の嘆願で自由が認められている身のほどがわかってねえようですね」
「よ、よくわかってますよ。もちろん」
「だったらなんで警備隊に『謎の〈四重・防護壁〉を見た』って通報がきやがるんですか!? お陰で俺は朝四時に叩き起こされましたけど!? 朝かた火消しに奔走させてもらいましたけどお!?」
つばが飛んでくる近さと大声に、ミグは明後日の方向を向きつつ手で遮った。
「いやあ、おかしいですね。それ私じゃないんじゃないですか」
ダメ元で言ってみる。
「貧困民にもお手軽価格でご提供させて頂いている崖っぷちアパート郡で〈四重〉が扱える魔導師なんざおたくと学生の坊っちゃんだけなんだよお。でも坊っちゃんは国立魔法陣学校に在籍する学生でいらっしゃるから、ルール守れない無教養人はおたくだけなんですよねえ」
案の定だった。




