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しかし当の本人に聞いてもわからないと返答された。敵戦艦を脱出してからのことはよく覚えてないと言う。ルンは警備兵ふたりと操縦士ひとりを守り、ひどく疲弊していたこともあって記憶があいまいになっているのだろう。
彼女はそれでいい。問題なのは自分だ。
「……なぜか煙に巻かれたかのように思い出せない部分がある。しかし深追いしようとすると、なにを追っていたのかさえ忘れてしまうんだ」
そのうち思い出せないことがあることさえ、忘れる予感が胸をざわめかせる。その時、横たわるテッサ王女の額にキスを落とし、ひどく儚く微笑んだ赤髪の少女の幻影が目の前で瞬いた。
「ディレット! ノーブル! ありがとう!」
響いた少女の声が自分の見た夢幻か現実か、しばし判断が遅れたレゾンは反応できなかった。隣を見るとヴォルは官邸の屋根を振り仰いでいる。
「今そこに誰かいたか」
「少女が、見えた気がしました。黒髪の少女が」
それを聞いて残念に思ったレゾンだったが、一拍後にはなにが残念なのかと首をひねった。
魔石鉱山のふもとに満ちる凍った湖のほとりで、子どもたちと桃色髪の少女がしゃがみ込んでいる。午後のひなたぼっこでだんごになりながら、暖を取っているヤーンたちを見つめていた。
兄の手に背中の服を掴まれつつ木道から身を乗り出した弟の手には、レタスが握られている。冬が深まり、主食の水草や藻が減ってしまったヤーンたちはよく食いついていた。
そうなると子どもたちもおもしろくなってきて、見ていた兄も弟の抱えるレタスに手を伸ばす。きゃっきゃっとはしゃぐ無邪気な声に、上品な笑い声が重なって静かな湖畔によく響いた。
「あの、なにかご用ですか?」
後ろから近づく足音に気づかなかった。大げさに跳ねた肩が恥ずかしくて、ミグはうつむきがちに振り返る。
自分と同じ年頃の少女とわかって気をゆるめたのか、シェラはひつじ頭をふわりと揺らして微笑んだ。
「〈バックトゥバック〉の誰かに会いに来たのなら、俺が案内してあげるよ」
「あ、えっと……」




