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ミグは首を横に振った。やめてと叫び、手を振り払ってしまいたかった。この期に及んで覚悟が揺らぎそうになる。想い出と命、どちらを取るなんて天びんにかけるまでもないのに。
「お、まえ、姫さんの記憶、消しただろ……。それが、力の代償だったのか……? お前の、居場所、俺たちだって言ったのはお前だろ!」
叫び声を上げたとたん、ヴィンは体をまるめて激しく咳き込んだ。その度に雪原が赤く染まっていく。ヴィンの残り少ない命がこぼれていく。
ミグは顔をくしゃくしゃに歪め、ヴィンから目を背けた。
「生きていれば、次がある。そうでしょ? きっとまた会えるから」
納得できないまま、不確かな未来に震えたまま、でも、この別れだけは割りきらなければいけない。もうミグには、頼りない明日しかすがれるものがなかった。
「目を、逸らしてんじゃねえよ……!」
胸ぐらを掴まれて体が傾く。気づけば鼻先が触れ合いそうなほど近くにヴィンの顔があった。目を見開くミグの前で、水色と紫の瞳に涙があふれていく。
「お前がっ、好きなんだよミグ! 頼むからこの想いを消さないでくれ……!」
涙にきらめく美しい光がどんどんぼやけていって、見えなくなってしまった。
唇を噛み締めた想いは、身の内で出せと暴れるかのように熱を帯びる。その熱はのどを塞いでいた苦しみも寂しさも溶かし、ミグの心に残ったのは身を焦がすほどの愛しさだけだった。
「私も、きみが好きだよ、ヴィン。だから――」
ミグはヴィンの手に指を絡め、愛しい人の想いが自分の中で溶けていくのを感じながら、祈りを込めてそっと唇を寄せた。




