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そして振り向きざま拳を構え、ノインの背中に向かって一気に振り抜く。押し出された空気の層まで突き破り、衝撃の破裂音が幾重にも響き渡った。
よし、効いてる。
仰け反り、ゆっくりと倒れていくノインを見てミグは確信を得た。しかし次の瞬間、力強く踏み出された足がノインの体を支える。目を見開いたミグは、着地したばかりの足をなにかに掬われた。
傾く視界に映ったのは、ひれのついたしっぽだった。どっと倒れ込み、まずいと思った時には足首を掴まれ引きずり寄せられる。
瞬きした目の前にはもう、牙を剥き出したノインがのしかかっていた。
「お父さんっ!」
その時割り込んできた声はナキのものに違いなかった。やけに近く、はっきりと聞こえた声にミグはせつな混乱する。そしてすぐに、戦いに集中するあまり友だちにかけた〈防護壁〉がゆるんでいたと悟った。
傷を覚悟でミグは、おそるおそる近づいてくるナキを保護しようとした。
だが、首筋に感じるノインの牙はいつまで経っても食い破ろうとしてこない。
「お父さん、もうやめて帰ろうよ。おうちに帰ろう……」
頬を涙に濡らし、ナキは疲れきったように座り込んだ。ぐるぐると深いうなり声が降ってきて、ミグは目をノインに移す。
真っ赤に染まった竜の片目は熱心に少女を映していた。持ち上がったしっぽが考えあぐねるように宙をさ迷っている。
ミグはもう一度ナキを見た。ノインがソウルタクトである両剣を手放した時から、雪に混ぜられていた毒は消え、今はゆったりと舞う銀華に戻っている。
あの毒雪に触れた時ミグがのどに違和感を覚えたように、シェラも咳をしていた。しかしノインといっしょにギフトに乗っていたナキに、苦しがる様子は見られなかった。
ミグはひと筋の希望を胸に、ノインの腹を蹴り上げて後方に投げ飛ばす。そこはちょうどミグが〈五聖塔〉にひびを入れたところだった。
すかさず飛び退こうとする翼を、ミグは異形の腕から伸びる結晶の爪で五芒星に縫い止める。そして勢いよく踏みきり、呆然と見上げてくるノインの額目がけて自身の拳を振りかぶった。




