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神経系をまひさせる毒だ。ノインの髪をわし掴む指先の感覚が遠くなっていく。心の奥で魔石がまずいと叫んだ。ミグはがむしゃらに相手の肩を殴りつけるがびくともしない。
「うっ、あ……!」
ミシリと骨のきしむ音を立ててあごを掴まれた。強引に目を合わせるよう持ち上げられた視線の先で、ノインはべったりとミグの血がついた口を笑みで彩る。
「お前の仲間を目の前でひとりひとり殺そう。そうすれば私に下る気にもなるだろ」
親指の腹でうっとりとミグの唇をなぞったノインの目には、憐れに震える実験動物が映っていた。
「もしもーし。毒に侵されてるとこわりいけど、起きてくれや」
「ふざけんな。そんなくそ以下野郎このまま永眠させとけ。俺のかわいいかわいい娘に恥かかせやがって。なに様のつもりだ」
「おお、こわっ。お前それでも元王様か。そろそろ子離れしないとテッサちゃんがかわいそうだぜ」
「お前にだけは言われたくないな! 魂になってまでミグにつきまとってたやつによ!」
なんだか外野がうるさい。やかましさを追い払おうとしてヴィンは寝返りを打った。
ところが思わぬ衝撃に尻を強打して目を見開く。ベッドで寝ているつもりだったが、目の前には新緑萌える森が広がっていた。
尻もちをついたヴィンの周りには桃色や黄色の花が草葉の間で揺れている。さあっと花畑をなでた風に乗って、白い羽を持ったチョウが鼻先を舞っていった。
なにが起きているのかわからず呆然とするヴィンを、覗き込むようにして男がしゃがんでくる。
浅黒い肌に短く刈り上げた銀髪がよく似合う男だった。筋肉が服を押し上げる大柄な体格に、左目に走る傷痕がただならぬ雰囲気を放つ。しかしヴィンと視線が合った青い目は、厳つい見た目に反してにかっと笑った。
「ぼうず、プロキオン帝国の実験施設以来。いや、ベガ国の戦場以来だな」
「ゼクスト、将軍……」
ヴィンが名前を呼ぶとゼクストはますます笑みを深めた。
ゼクストの横にもうひとり男がいる。桃色の長い髪を肩に流した凛々しい顔立ちの男だ。ベガ国国王ジタン。ヴィンは彼を戦場に赴く前の作戦指令書で見かけていた。




