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「あ……。俺、虹出せたんだよね……。やった……! 夢じゃ、ないかな……。きみ、見てたでしょ……きみ……。あれ……?」
ひどく狼狽し、ミグの腕を掴んで無理に体を起こそうとするシェラに静かな笑みを向ける。
「待ってっ。きみのこと知ってるはずなんだ……! きみはっ」
急くあまり呼吸を詰まらせ咳を吐き出すシェラの手を、ミグはやんわりと外させる。離すせつな、一度だけ両手で包み握り締め、力尽きた少年の体を〈防護壁〉で覆い守った。
追いすがる眼差しには気づかないふりをして、背を向ける。
「ねえ。今までもきみは何度か魔法を使ってたと思うけど、あれは誰の想いだったの?」
『お前の実の両親だ。さらわれたお前をずっと捜していたんだな』
〈名もなき石〉がミグの口を借りて喋る声にはどこか、ばつが悪そうな響きを帯びていた。勝手に両親の想いを消費してしまったことを、痛む心があるなんて少し意外だ。
でもミグは、両親がもう自分のことで気に病まずに済んでいるのならそのほうがいいと思った。顔も声も名前も覚えていないけれど、まぶたの裏に思い描いてみれば額に温もりを感じて、おだやかな眼差しに見守られていたような気がする。
「ノインの想いも使えたら楽なんだけどなあ」
『お前に友好的な想いじゃないと呪いになるって言ったんだな』
「わかってます」
くすくすと笑って返し、ミグは空を見上げて大きく息を吸った。シェラが割った雲間から薄日の帯が差し込んでいる。
ゼクストとの約束には意味があった。だから私は今、こうして戦うことができる。
「あと残りの想いは?」
返答にはしばし間があった。
『テッサとヴィンだ』
どろどろと溶け出した肉の合間から白い骨が覗き、もう自分の頭さえ支えられないドラゴン――ギフトの腕からノインが立ち上がる。
手に両剣を持ち、ミグを射抜いた眼光は〈レティナ〉の怪しい青と竜の血塗られた赤に染まり、暗い光を放っていた。
「ギフト! その命尽きる瞬間まで私と戦え!」
「もちろんよ、ノイン。さいごまであなたといっしょにいるわ」




