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それは〈防護壁〉に触れる間際に四散し、ねっとりと壁に張りつく。魔法に込めたミグの魔力を、白い煙を噴き出しながら溶かしはじめた。
「あの翼っ、硬過ぎるよ!」
まとわりつく毒を恐ろしげに見ながらシェラが叫ぶ。確かにドラゴンの翼はどの部位よりも強固のようだ。並大抵の攻撃では歯が立たない。
「翼を破る方法……」
それが見つからない限り勝利はない。そう考えたミグのひとりごとだったが、思わぬところから返事があった。
『ドラゴンは契約者を必ず守る。その習性を使え』
〈名もなき石〉だ。ぽかんと見つめてくるシェラの視線に気づき、ミグは慌てて口を押さえた。ひとりごとの会話なんて自分もまだ慣れないのに、人の目があると余計に恥ずかしい。
魔石が喋ったの、と言ってみたところで理解されるかわからないが、ミグはとりあえず笑みで誤魔化した。
「ええと、じゃあシェラ、もう一回さっきの撃って」
「えっ。でも効かないよ」
「いいのいいの。攻撃が目的じゃないんだ」
シェラはきょとんと首をかしげる。少年の背後を伝う毒の粘液がそろそろ流れ落ちそうだ。ノインからこちらの動きが見える前に、とミグはすばやくシェラに耳打ちする。
そして身を離すと同時にあたりに煙幕を敷いた。
「よろしく!」
弾む声でシェラの肩を叩き、〈防護壁〉を解除して走り出す。気遣わしげにミグを呼ぶシェラの声が尾を引いた。
返事の代わりに〈拡散〉の魔法陣を少し離れたところにひとつ置く。それを見てシェラも重ねるように〈不死鳥の矢〉を描きはじめた。
狙い通り、ノインは魔法陣の光を頼りに〈蛇ノ風〉を撃ち、攻撃しつつ煙を払いにかかってくる。けれどそこにシェラもミグもいない。
竜巻を横目に魔法陣を完成させたシェラは、炎の弓矢を射った。それはミグの〈展開〉を通過して扇状に広がる。
再びノインを狙うその攻撃はしかし、先ほどよりも矢尻が上向いていた。翼で防ぐよりも下方へ避けたほうが容易だった。
そうドラゴンに思わせるための攻撃だ。




