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「〈防護壁〉」
ミグは指先をピンッと弾いて光の踏み台を作り、指を横に振ってそれを〈五聖塔〉の天井と繋げる階段にした。
魔法を意のままに操れる快感がぞくりと腰を駆け上がっていく。上機嫌に揺れるしっぽには気づかず、ミグは階段に足をかけた。
「待て!」
鋭く声を荒げミグを止めたのはディレットだった。鉄錆色の目に、ミグを砲撃音からかばってくれた親愛の温もりはない。
ディレットの肩を借りたルンも、そのかたわらで魔銃を構えるホッパーも、コックたちに囲まれたネエさんや商店街の店主たちも一様に、警戒のこもった眼差しをミグに向けている。
「お前は〈神の意思〉か? なにをする気か知らねえが、今お前に引っ掻き回されるわけにはいかねえ。大人しくミグに体を返せ」
ノーブルがそっと銃に薄朱色の弾を込める手元が見えた。
ミグは唇を指先でなぞり、うっとりと微笑む。手にした銃口が突きつけられているのは、自分ではないとはっきり感じた。
みんなの目に浮かぶ怒りがてらてらと眩しくて、体の奥底がうずくほどうれしい。
「ありがとう、ディレット。ちょっと友だちを迎えにいってくるね」
ハッと目を見開き伸ばされたディレットの手を横目に、ミグは赤い髪を揺らして階段を駆け上がる。
〈五聖塔〉の外側では桃色の毒竜が白壁に爪を立て剥がしにかかっていた。周囲に亀裂が走り、もうドラゴンの片腕くらいは潜り抜けられる穴があいている。
〈名もなき石〉と同調し膨大な魔力を得たミグにとってその損害は蚊に刺された程度でしかない。だがミグは竜のかたわらに放り出されたテッサとヴィンの姿を見て、激しい嫌悪に心がぐしゃりと潰れる音を聞いた。
『ミグ、なにかついてきているぞ』
魔石から言われてみれば確かに、自分ともうひとつ〈防護壁〉の階段を上ってくる存在を感じた。トンッと軽やかに触れられれば、そこに落ちる魔力の香りが魔法を通じてミグの鼻腔をくすぐる。
甘くて心地いい温もりの奥に、ハッとするほど熱い力強さを隠している魔力だ。




