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後ろ脚で立ち上がり高々と掲げたドラゴンの両腕から、桃色と金色の髪が見えた。ふたりともぐったりと項垂れて動かない。その原因をミグはドラゴンの姿を見て理解した。
桃色の短毛に覆われた体、羽毛に似た角の先端には毒々しい黒い斑点が浮き上がり、しっぽの先は魚のひれのように広がっている。
首回りのふわふわとした白いたてがみが愛らしく、幼いミグは花のようだと思った。ゼクストがその爪に傷つけられるまでは。
「あの時の毒竜……!」
ミグの脳裏に紫紺に変色した父の肌がよみがえる。そこから膿が出て腐敗臭が鼻をついた。ゼクストは包帯を取り替えるミグをいつもすまなそうに見ていた。
毒に臓器をやられ、起きている時は激痛に苦しめられていただろうに、ミグを心配させまいと笑顔を絶やさなかった父を死に追いやった存在。その毒牙が今度は、テッサとヴィンの首筋に突き立てられている。
ミグは雪の上を這った。ディレットが学生魔導師たちに用意した魔石があるはずだ。それを全部食らってテッサとヴィンを助ける。
もうこの手から大切な命をこぼれさせやしない。
――手を貸そうか。
胸の奥からふいに〈名もなき石〉が呼びかけてきた。
冗談じゃない、とミグは無視する。体を乗っ取られて暴走している場合ではない。テッサとヴィンを傷つけず、そしてリゲル国を守ることも失念してはいけないのだ。そこまでの配慮が石にできるとは思えなかった。
石にとってはどちらもどうでもいいことだ。
――お前の意識のまま力だけを貸してやってもいいんだな。
ミグは雪を掻き集めるように這いずりながら、眉間にしわを寄せた。
「都合が良過ぎる。裏があるんでしょ」
――まあ、ドラゴンを生み出した者のけじめだわ。それに、確かに代償はある。本来なら契約を結ばなきゃならんことなんだな。だが人の身ではまず耐えられない。
「それで? 命の代わりに私が差し出すものってなに」
――こっちはな、想いを形に変えるのが得意なんだわ。
そう前置いて〈名もなき石〉が語る代償に、ミグはじっと耳を傾けた。




