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ふと、幼い子どもの声がヴィンを呼んだ気がした。それはミグの声に似ていた。するとあどけないテッサの笑い声が響いて、ふたりはきゃらきゃらと跳ね回るような声を重ねる。その中に飛び込んでいく、今はもう懐かしい少年の楽しそうな声が確かにヴィンの耳元をかすめていった。
「……未来の話、か。でもさすがにディレットはねえだろ。あいつはミグをからかってるだけだ」
テッサは王女らしからぬいたずらめいた笑みを瞳に湛えた。わざとだ。
「ですが、ミグのほうが満更でもない様子ですよね。ミグにその手の冗談は通じませんもの」
これまでを振り返ったヴィンの顔に苦味が広がる。
「ぐうたはああいうのが好みなのか?」
「そうですね……もしかしたらゼクストおじ様の面影を重ねているのかもしれません。おじ様もよくいたずらっぽく笑う方でしたから」
帝国で築いてきたものすべてを投げうって、英雄のようにミグを救い出し、父の無償の愛で守り育ててきたゼクストが最大の壁ということか。なるほど勝てる気がしない。
思わずこぼれた大きなため息を、テッサは口元に手を添えてくすくすと笑っていた。
ヴィンは崖っぷちに建ったぼろいアパートが恋しくなった。ミグとテッサとシェラがいるあの家でまた、なんでもない日々を暮らしたい。身の回りの多くのことがまだひとりではできないけれど、みんなに手伝ってもらいながら時々ミグに怒られたいと思う。
今なら素直にありがとうを伝えられる気がした。
「早くおじょうちゃん連れて、みんなで家に帰ろう」
ふわりとやさしく微笑んだテッサにヴィンも笑みを返し、前を向く。ルンたちが向かった方角から騒音が上がり、ヴィンは力を込めて足を早めた。
「ここだ」
ヴィンが示した操舵室に繋がる通気孔は、腹這いにならなければ通れない狭さだった。片腕のヴィンを思ってテッサは、自分が行くと進み出る。
通気孔は成人男性でも通れそうではあったが窮屈なのは必至だ。ましてや片腕のヴィンでは身動きが取りづらい。大きな物音を立ててノインに気づかれる懸念もあった。




