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夢にも思わなかった言葉に息を詰め静かに驚く。見開いた目に、警備隊本部の地下独房で〈防護壁〉越しに手を伸ばすミグとテッサの姿が浮かんだ。
「俺もだ。姫さんには敵わないと思った」
だからあの時、居心地の悪さを感じて身を引こうとした。自分と違って幸福な時間を過ごし、心から信頼し合う親友がミグのそばにいる。改めてそれを思い知らされヴィンは自分の立ち位置を見失った。
「ヴィン様はあの時の幼い少女を今でも箱から連れ出したいと思っていますよね。その一心でミグのそばにいる」
「そんなのは自己満足だよ。そうでも思わなきゃ気が狂ってたとか……そう、自分のためだ。結局」
後ろをついてくる足音がぴたりと止まった。
「私もです。ミグまで失ったら私は今度こそ正気を保っていられません」
ヴィンも足を止め、しばし悩んだ。テッサの祖国を攻撃した帝国軍の一員として戦場にいた事実は、その心の内はどうであれあまり向き合いたくないものだった。けれど他でもないベガ国王女テッサから話を振られては、ひざを突き合わせずにはいられない。
下唇を噛み締めて一切の言い訳を封じ、ヴィンはしかと正面からテッサと向き合う。怒り、蔑み、悲しみ。想像していたどの表情とも反して、テッサは清々しい顔でヴィンを見つめていた。
「やっぱり。私たちは恋人ではなく似た者同士がしっくりくるようです」
冗談だろ、と笑おうとして力が入らなかった。自分とテッサは立場も生い立ちも雲泥の差がある。こんな言葉を真に受けるほうがどうかしている。
「同志としてヴィン様の一途な思いは誰よりも強いと思っています。ですが過去の悔恨に捕らわれていては、ミグも未来の話ができません」
頭では許されるはずがないと声が叫んでいた。けれど心がどうしようもなく震えてのどが詰まる。
凍えたような片手で勝手に動く口元を触り、自分が笑っていると気づく。これは喜びだ。深い喜びが胸を締めつけて、体温も体の自由も支配している。




