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ヴィンとテッサもうなずき合い、テッサの〈水護陣〉が生み出した泡に包まれてゆっくりと下降する。動力装置の裏側、しゃがめば通れそうな通気孔を進むことにした。左目の〈レティナ〉に映る艦内構図を頼りにヴィンが先行する。
帝国がヴィンを軍事記録係りとして使うことを思いついたのは、きっとベガ国へ侵攻する直前だろう。それまでヴィンは便所や部屋の掃除ばかりやらされていた。人の体に魔動機を埋め込んでおいても、子どもが紙とはさみを与えられたから工作してみたくらいの感覚でしかない。
ヴィンが掃除の合間を縫って引き出しや棚の資料を盗み見ていたのは、そんな行き場のない憤りとプロキオン帝国への反発心だった。
「ヴィン様、うかうかしていたらミグをディレット様に取られるかもしれませんよ」
苦い回顧へ意識をやっていたヴィンはつい「ああ」と答えてから、一拍遅れて「は?」とまぬけな声をもらした。
「別にそんなんじゃねえって……」
「でも、私の告白を断った時『他に見守りたいやつがいる』と言っていたのはミグのことですよね」
思わず肩越しに見たテッサは暗がりの中にっこりと微笑んでいた。限りなくそうと映る状況でも、勇気を持って伝えてくれただろう好意を気の迷いだなんて否定する権利をヴィンは持っていなかった。
テッサはただすがり、寄りかかれる存在が欲しかったのだと思う。どんなに笑顔が可憐に見えても王女の心はすり切れている。この先も長くゆるやかに、心のしこりとなって居座りつづけるだろう。
それを癒すことは、一度でも帝国兵として立ちはだかったヴィンにはできないことだとわかりきっていた。そのことを自分よりもずっと博識で賢い姫が気づかないはずがない。だからあえて互いに告白のことは触れずにいた。
「そうだけどそれは兄貴心というか……。ぐうただって俺みたいなやつに想われても迷惑だろ」
俺はなに言ってんだ? ヴィンは急に首がかゆくなってきてうなじを髪ごと掻きながら先を急いだ。
「そうでしょうか。私は敵わないと思いました、ミグの友として。あなたに」




