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「お礼なんてやめてくれる? 私はナキちゃんよりも帝国軍を撹乱に来たようなものだし。それにミグのことも認めるわけにはいかないと思っているわ、一魔導師として。あの子の力は強大過ぎる。ドラゴンの力を利用している私たちは常に身のほどを忘れてはならないのよ。でなければ必ず、人の道を踏み外す」
美女の青い瞳が語る恐ろしげな予感にヴィンもテッサも返す言葉がなかった。ミグはけして人や世界に害を与える存在にならないと信じている。だが心臓代わりの魔石となると話は別だった。ミグと魔石が切り離せない以上、同一視する意見を否定することはできない。
この先もずっと受けとめていくしかないだろうとヴィンは拳を握る。不安や恐怖を抱く人々と、冷たい声にさらされるミグの間に立ち、双方の手を繋ぎとめることがきっと未来を引き寄せる。そう信じるしかない。
「……でもね、悔しくもあるのよ。女として」
金の艶やかな髪が流れる背中で表情を隠し、ルンはぽつりとつぶやいた。
「あの子、一生懸命に自分を受け入れようとしているでしょ。世界から否定された自分を。誰になんと言われても自分を変えなかったあの子だからきっと、ディレットの心を動かせた……。ほんと、うらやましいくらいわがままな女ね」
自分たちの、いやミグの行く道にひと筋の光が差す暖かさを感じた。ヴィンが思わずテッサを見ると、テッサも同じようにまるめていた目をほころばせ薄く笑みを浮かべる。
するとルンは吹き抜けの空間に響き渡る盛大なため息をつき、下層に向かって〈防護壁〉を出した。
「やっぱむしゃくしゃするからひと足先に行かせてもらうわ」
手すりをひらりと飛び越えてルンは伸び上がってきた光の足場に乗る。警備兵ふたりと操縦士も慌ててあとにつづいた。三人が乗り込むや否や足場を下げはじめたせっかちな魔導師に、ヴィンは「道はわかるのかよ!?」と声を張る。「暴れるならどこでもいいでしょ」とそっけない返事があった。




