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大陸が大きくえぐれ、岩肌が剥き出しになっていた。その縁から崩壊がつづく城壁や広場の石畳が夜の塵となって流れていく。そこには王立病院があったはずだ。多くの国民が、負傷兵が、身を寄せ合っていた。そしてその中には――。
「お、かあさま……」
今にも消えそうな幼なじみをミグは胸に掻き抱いた。
「テッサ。テッサ。考えないで。向き合わなくていい。私といっしょに逃げよう……! 私はずっとそばにいるから……!」
テッサの頭を押さえ耳を塞ぐミグの手もまた震えていた。父ゼクストを亡くした日から心を侵食した錆が、テッサの心も蝕んでいくことがなにより怖かった。生きる意味を見出だせず、朝目覚める自分に嫌悪する苦痛なんてもう誰も味わわなくていい。
自分の分まで幸せでいて欲しかった。友の心を守りたかった。なのに私は、こんなにも無力だ。
その時、うなじをヒリヒリとした痛みが駆け上がった。ミグはなにかに導かれるように頭上を見上げる。まだ王城地区の上を低空飛行する戦闘艇からなにかが飛び出してきた。それはまっすぐにミグの上に落ちてくる。
ダンッ、と〈防護壁〉にぶつかった衝撃が魔力を伝ってミグの体を震わせた。音を聞きつけた近衛兵たちが次々と壁の上にいる存在を仰ぎ見る。ミグの指先に弱い電流が走った。これは魔法陣が破られる時の感覚だ。
「あの弾幕を防ぐとは。やっと見つけたぜ、識別番号一三九」
ニイッと笑った金髪の男が足場にしているのは、常人より遥かな巨体を持つ大男の肩だった。顔を黒い袋で覆い隠した大男の指は水色の〈三重・防護壁〉を貫いている。あり得ない。〈防護壁〉はたとえ〈一重〉でも素手でどうにかできる代物ではない。
「記録用のいい実験体もいるな」
大男の黒い袋の口を縛る鎖を片手に持った金髪男は、前髪を掻き上げて唇を舐める。覗いた左目はやけに紫色に光っている。その眼球がぎょろりと剣を抜く近衛兵たちを見回していた。




