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南区を覆う見たこともない戦艦と大人たちのただならぬ雰囲気に、子どもながら居ても立ってもいられなくなったのだろう。ただでさえ彼らのそばには、妹同然にかわいがっていたナキの姿が何週間も前からなくなっていた。衝動とも言うべき不安に突き動かされても仕方ない。
「ディレット様、私からもお願いします。ナキさんは父親に縛られているんです。助け出すことで恨まれても私は、あの子を犠牲には……」
沈黙を破ったのはテッサだった。ひかえめな声で呼びかける親友はナキの複雑な心も、この状況でひとりの少女を救い出すことがどれほど困難で危険かもよくわかっていた。
ディレットは手でテッサの言葉のつづきを制する。それは否定の仕草だとミグは思った。しかしディレットが口にしたのは地下を作った先人の思いだった。
「……自分らしくいられる場所。初代首長ハットリは国をまとめる立場になっても、傭兵の自由気ままな精神を愛していた。地下はハットリにとって傭兵である自分の居場所だったんだ」
「居場所……」
思わずつぶやいたミグにうなずいたディレットは、テッサをしかと見据えた。
「自由の象徴でもあるんだよ地下は。いや、この国そのものだ。欲しいもんは誰の顔色もうかがわずてめえの力で勝ち取ればいい。俺はそんな国の首長だ。ディレットもレゾンも俺が欲しかったから手に入れた。姫サマがナキを助けたいと言っても俺は止めないぜ。ただし、自由っつうのはてめえのケツをてめえで拭けるやつの特権だ。相応の覚悟がいる」
テッサは胸元の服を握り締めてうつむいた。ミグには親友の気持ちが痛いほどわかる。ナキの救出を決めたことで周囲にかける負担を思って、あと一歩わがままになりきれずにいる。
そんな親友だから愛しいと思った。迷う理由なんかない。
「私がいっしょに行くよ、テッサ!」
「お前は魔力切れだろうが。俺が行く」
身を乗り出したところをヴィンに押し退けられてミグはひっくり返った。
「だいじょうぶだよ! ディレット、良質な魔石くらいいっぱいあるんでしょ」




