288
シェラたちに向かって踏み出そうとした足は、ノインに腕を引かれて地面を掻いた。よろめき、片ひざをついても容赦ない力に引きずられていく。痛みが走った足から積もった雪の上に点々と赤が混じっていた。
白が汚れていく。ミグが行きたくないと抗った分だけ鮮明に浮かび上がる軌跡に、その醜さに、なぜだか言い知れない高揚を抱いた。心がこっちだと叫ぶ。見えないたくさんの手に引かれるように走り出す。
北風が髪をすいた。さらにぶ厚い雪雲を呼ぶその風が、友の声を連れてくる。
「ミグーッ!」
「ぐうたあ!」
寒雪舞う曇天の下、響いた声の主を探してミグは振り返った。その勢いにノインが少したたらを踏んだことなど気づかなかった。白い世界に桃色と金色だけが鮮やかに映る。管制塔を抜けたばかりのふたりまではまだ遠い。けれど見間違えるはずがない。
「テッサ……ヴィン……」
ふたりの背中を魔銃を持った警備兵が追ってきていた。馬車の警護をしていた兵士も警戒の色を見せる。
ノインは舌打ち、黒いグローブの革がぎりぎりとミグの肌に食い込むほど掴み直した。思わず嫌がったミグを、ノインはまるで赤子を相手にしているかのように軽々と扱う。引っ張られただけで一瞬、体が浮く感覚がしたことにミグは目を見張った。ゼクストと同じ将軍とは思えない細い体のどこにこんな力があるのか信じられない。
「ぐうた! もう少し耐えろ! 今行くからな!」
ヴィン、きみといっしょにいたいと願ってもいいの?
ヴィンの叫び声が聞こえた瞬間、ミグはひざに力を入れてその場に座り込んだ。ノインの手に掴みかかり引き剥がそうと爪を立てる。だが頭を衝撃が襲った。拳の裏でミグを薙ぎ払ったノインは、なにごともなかった声色で「立て」と命じる。
「ミグ……! 助けるからっ。必ず助けるから!」
ねえテッサ、私生きていてもいい?
嫌だと叫ぼうとした声は、腹を蹴り上げられてうめき声に変わった。髪を雪につけうずくまるミグの腕だけは離さず、ノインはなおも「立て」と告げる。呼吸を整えることに必死で、苦しさに雪と土を掻いていると髪を引っ張られた。




