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ミグはわなわなと震える両手で顔を覆った。足が竦んでしまって動けない。魔石から送られてくる熱を感じられないほど、胸を締めつける大きな感情に囚われる。寒くて鼻がツンと痛くて息が詰まり、今にも凍えそう。
どうしてだろう。泣きたいほどの喜びはなぜか恐怖と似ている。
とたん、舌に触れる錠剤がひどく苦く感じた。
「ふん。ゴミが集まると臭くてかなわんな」
突然強い力に腕を掴まれて、ミグは弾かれるように顔を上げた。ノインは片手でミグの腕をわし掴み、背後に向けてなにかの合図を送った。その視線の先を追ったミグは、橋の袂に整列した帝国兵が魔銃を構える姿を見た。
次の瞬間、滑走路に銃声が鳴り響く。放たれた魔弾に手を伸ばし振り返ったミグは、馬車の周辺一帯に〈二重・防護壁〉が張られていることに目を剥く。青い壁に守られて見覚えのある面々が折り重なっていた。
〈バックトゥバック〉の母親たち。居酒屋倉庫のコックたち。商店街の八百屋のおじさんやカフェのお姉さん、仕立て屋の婦人。それに地下で見た顔もある。ミグが最初に声をかけた骨董屋の主人に、応援の言葉をかけてくれたギャンブラーたち。そしてその中にはルンとホッパーの姿もあった。
ミグはルンの周りに同じ形の黒いローブを羽織った少年少女たちがいることに気づく。それが国立魔法陣学校の生徒たちだと思い至った時、ひとりの少年が白いローブをひかえめに揺らして進み出てきた。
「まだきみを行かせられないよ、ミグ。俺とまた勝負してくれるって言ったよね。俺ずっと練習して待ってたんだよ」
「シェラ……」
こげ茶色のひつじ頭をふわりと揺らして、シェラは伏し目がちな瞳に挑戦的な笑みを浮かべる。気づけば誘われるように体が傾いていた。みんなの姿から目を逸らせなくなっていた。思いが込み上げてきて唇が震える。
「なにか聞こえたか。識別番号一三九。我が身かわいさにお前を差し出したゴミどもに、今さらなにを思う」




