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そこでミグはレースカーテンを閉めた。いよいよだと思ったらもう景色を見ていることも苦しくなった。冷たい手枷のせいだけではなく、指先から熱が逃げ出し青白く震えている。テッサとヴィンの顔が目の前にちらついて、慌ててそれらを思考から追い出した。
帝国兵を前に泣き顔だけはさらしたくない。怒りだけを考えろと自身に言い聞かせる。
ゼクストと暮らした家を焼き、近衛兵長のラッセンを裏切らせ、ジタン王を死に追いやった、火の海に墜ちるベガ国をまぶたの裏に描く。そして、最愛の父ゼクストが死してなお受けた冒涜を忘れてはならない。
ミグは口内に含んだ青いあめ玉を舌で転がした。
「レゾン様」
馬車が停まってまもなく、扉の向こうからヴォルの声がかかる。レゾンの返事を聞いて客室の扉は音もなく開かれた。
外の白い光へまずはレゾンが降りていく。手が差し伸べられて次にナキが降り、ミグは枷が少々邪魔したが自力で扉を潜った。
「冷たい……」
あたりはもったりとしたぼた雪が降り注いでいる。小石ひとつないよう、よく整備された滑走路の土を一面に白く染めていた。〈名もなき石〉から送られる暖かい魔力が全身を浸していても、寒かった。指先の震えも治まらない。
少し先の岸辺に橋をかけ、中空に浮遊する戦艦を見れば熱はいっそう逃げ出した。
その戦艦は少し害獣アプリーシアと似ていた。細長い流線形の体に、腹側にはたくさんのひれがきれいに整列している。
肋骨のように凹凸がうかがえる側面からは砲身が覗き、ひときわ大きい主砲がアプリーシアの触覚のように船首から生えている。それはねじれてまっすぐ南区に狙い定められていた。
滑走路を覆う影がその巨体を物語るが、雲と溶ける青灰色は不気味なほど存在感を消している。
戦艦からいくつか架けられた橋の中央階段で、黒衣に黒いマントを揺らす男が立っていた。
「お父さん?」
レゾンと繋いでいた手を振りほどき、ナキは黒い男に向かって走り出した。左右で黒と青の色を湛える目を細め、えり足を長く伸ばした黒髪にナキとよく似た白金色が混じった男は、ゆったりと階段を下りはじめる。




