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『その娘をどこかにやってくれ。汚らわしい魔石の入った目がなくなっても好かないんだな』
「赤の魔どーしだ!」
「きみは黙っててよ」
ミグはすぐさま内側に潜むものに噛みついた。〈名もなき石〉からミグへの悪意は感じないのだが、やはり強大過ぎる力は恐ろしい。フォークでモチャップルパイでも突くようにヴィンの腹を貫くのは容易だった。たとえ善良な存在だとしても自分の体を明け渡したくはない。
「いや。そのまま赤の魔導師として喋りつづけるんだ」
驚くべき言葉を放ったのはレゾンだった。その場にいる誰もが弾かれるように首長を振り返る。しかしレゾンは動じることなく、ひとりはしゃぐナキ越しにミグをじっと見つめる。すらりと伸びた人さし指が、青い目元をひとなでした。
「レゾン様! この件に関しては私に任せて頂いたはずです」
「きみも人の上に立つ者なら覚えておくといい。なにを利用しても、強引だと罵られても、決断しなければならない時があるのだよ」
テッサの抗議を涼しくかわすレゾンが示したのが右目だと気づいて、ミグも求められていることに辿り着きナキを見下ろした。少女の右目に〈レティナ〉を移植し、リゲル国へ送った人物を聞き出せということだ。
それがテッサやミグの予感通り、帝国の息がかかった者ならぐずぐずしていられない。しかし、
『この娘と話すことはなにもない』
〈名もなき石〉はぴしゃりと言って引っ込んでしまった。
それと同時にミグの髪も黒色へと大人しくなる。明らかにがっかりするナキの両隣で、テッサとヴィンはホッと表情をゆるめた。
身を案じてくれる友ふたりには後ろめたさを抱くが、ミグはこっそり内なる者に呼びかけた。
――どうしてもダメ?
警戒心の強い獣のようなうなり声がミグの肺いっぱいにぐるぐると響く。
――やつらは眠りを妨げた不届き者だ。それにやつらが造り出したまがいものの魔石。あれはひどい悪臭を放つねばねばした魔力を感じて大嫌いなんだな。




