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小首をかしげた拍子に白金の髪がさらりと右目にあてがわれた医療用眼帯をなでる。ミグはドキリとすると同時に安堵を覚えた。前者はナキの痛々しい姿へと驚きだとわかる。だが間違っても安堵などしていいできごとではない。
妙な汗をかくような心地にミグは胸に手をやった。するとその下で〈名もなき石〉がドクリとつぶやく。
――忌々しいうじ虫からの贈り物は消えたか。
どういうこと? と聞く前にナキが弾んだ声を上げた。
「あっ、ほらやっぱり! ミグおねえちゃんは赤の魔どーしでしょ!」
突然ぴょこんと跳ねたナキに圧され、ミグはテッサとヴィンに戸惑いの視線を送る。地下で暴走した時もナキにそう呼ばれていたことをうっすら覚えている。異様な興奮を帯びた少女の青い目を見たとたん、憎しみ混じりの寒気が背筋を通った。
「ミグ」
ひかえめにミグを呼び、手招くテッサに身を寄せる。ちらりと視線を飛ばした親友は、すぐそばにいるレゾンとヴォルを気にした風だった。
テッサは自分の目元を指して声を潜ませた。
「今、一瞬だけれどミグの目が赤く光ったように見えたの」
まったく自覚がなく驚いたが、〈名もなき石〉が干渉してきたからだとすぐに察した。
「ナキさんの右目は〈レティナ〉で、見た映像は転送されるようになっていた。だからレゾン様はミグを狙う組織のスパイだと疑っているわ。まだナキさんから話を聞けてなくて確証はないのだけれど、その組織というのはおそらく――」
うじ虫、と毒づいた〈名もなき石〉の暗い憎悪がミグの心を冷やす。
「ねえねえ! ミグおねえちゃん赤の魔どーし出して! ナキ、赤の魔どーしとおしゃべりしたい!」
突然、テッサの声を遮って〈防護壁〉を叩きはじめたナキにびくりと震える。と、にわかに激しい怒りが湧き起こった。
だがこれは自分の感情ではないとミグは胸元を握り締め抑え込もうとする。
「ぐうた!?」
なにかに気づいたヴィンが身を乗り出した瞬間、ミグの視界に赤く染まった毛先がふわりと舞い込んだ。そして口が勝手に喋り出す。




