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再び謝ろうとしたミグの耳にゴツリと鈍い音が届く。〈防護壁〉に額をすりつけたヴィンの鼻先が目の前にあった。自分よりもひと回り大きく、筋張った手が指先に触れる。
「もういいから、髪を結ってくれよ。ぐうた」
「ヴィン……?」
ほつれてそのままになっている金髪に目を移して不思議に思う。それは時に尊大な、不満そうな声で何度か聞いた言葉だった。片腕となった苛立ちややるせない心を表し、ぶつけずにはいられなかったのだろう。そう思っていたけれど、振り返れば商店街にも地下にも床屋はあったと気づく。
毎回頼まなくても、ヴィンはいつだって結わなくていい長さまで髪を切ることができた。
「ああ、くそ。まだお前を名前で呼ぶ勇気も出ないなんてな」
寂しげな色をして微笑む瞳にミグは息を呑む。髪を結えと頼むことが、罪に怯えた彼の精一杯の声だとしたら。片腕であることを盾にした振る舞いで、ミグと関わる理由を作っていたのだとしたら。
「忘れてるだけだってわかっていても、俺の悪態に遠慮なく怒ってくれるお前に救われていたんだ」
ふたりを隔てる〈防護壁〉をこの時ばかりは恨めしく思う。彼の髪に触れたい。不器用なその繋がりを、今なら愛しく結い直せる。散々めんどうくさいと思ってきた頭を振り、ミグは自分を叱りつけた。
「きみってわかりにくいんだね。もっと素直に言ってよ」
「言えるかよ、こんなかっこ悪いこと。お前こそ察しが悪いんじゃねえのか。さすがぐうたら魔導師」
憎まれ口はお互い様かと笑みがこぼれる。でもヴィンとはこれでいいのだと思えた。理由も根拠も、もっとおだやかな関係だったかもしれない世界線もいらない。
だって、罪に惑い、大きく遠回りした言葉でしか本当の心を伝えられないヴィンを愛してる。
「ぐうたら魔どーし? 赤の魔どーしじゃなくて?」
ヴィンとテッサの間にちょこんと座るナキが、ふいに不思議そうな声をもらした。




