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だけど泣き叫ぶことはしなかったんだ。だってきっと――
「おにいちゃんも苦しかったよね」
ヴィンの体が傍目から見ても大きく震えて、驚きに満ちた目がゆっくりとミグを映した。それはあの時のように固くて冷たくて、凍えている。ミグは両手を伸ばした。鎖が鋭い音を立てて阻み足首への痛みで咎めてくる。
それでもミグは〈防護壁〉にしかと指先をつき、震えるヴィンの心に少しでも寄り添いたいとすがった。
「私も怖くて苦しかった。みんなそうだったんだから、ヴィンだってきっと苦しいんだって思ったの。寂しかっただけ。恨んでない。またきみに会えて、きみが生きていてくれて、よかった」
小さく、まるで子どものように儚い声をこぼしたヴィンの頬には涙が流れていた。目頭からぷっくりとふくれて光の玉となり、はらはら落ちていくそれはとても美しかった。なのに気づいていないかのように呆けた顔して見つめてくるばかりのヴィンに、ミグは困った笑みを浮かべる。
「私こそ、ごめんね。私だけ助かってしまった。きみは隣にいたのに……いっしょに連れ出せなかった……」
ゼクストにミグ以外の子どもを気にかける余裕はなかったのだろうと想像して眉を歪める。識別番号一三九。それが実験体となった子どもたちの数を示すなら、ふたつの腕にはあまりにも多過ぎる。
それでも隣にいたきみだけは助けたかったと思ってしまうのは、ひどいエゴだろうか。
「あの時、ヴィンもいっしょに、と……声を上げられていたら……」
ヴィンは〈レティナ〉を移植されずに済んだ。片腕も失わなかったかもしれない。ミグの義兄としてゼクストと三人で、貧しくも愉快で尊い毎日を過ごしただろう。
そこには時々城から抜け出してくるテッサもいて、幼なじみとしてともに成長したヴィンとテッサはもしかしたらちゃんと恋人になっていたかもしれない。
「……もういい」
低いヴィンの声に、ミグの甘くも切ない妄想は打ち消された。とっさに怒らせたと思った。叶わなかったもしもの話は確かに虚しさを呼ぶだけだ。




