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「ばか……っ。こんなにやせて……。ちゃんとごはん食べないとダメでしょ……!」
壁についた手はひと回り細くなったようで、骨が目立ち少しみすぼらしかった。どうやらとても長く寝入っていたらしいと実感する。だけど心配し怒るテッサの声はこの上なくやさしく、涙が熱を帯びるほど心地よかった。
しかしにわかにミグは怖くなった。テッサは呆れているだろうか。テッサの友だちミグという存在は、今までの影が残らないほど変わってしまった。憎き帝国の人造魔人。それはもう人とは呼べない。そばにいるだけでどんな目で見られ、どんな災いが降りかかるだろう。
「テッサ、ごめん私……。心臓ないんだって……魔石で動いてるの……。ゼクストを殺して世界中から怖がられてる。私も、自分が怖い……」
「ミグは私の親友だよ」
息をするのも忘れ、そのおだやかな声に聞き入った。白魚のようにしなやかで白い手が〈防護壁〉ごとミグの頬をそっと包む。
「ミグはいつだって私を全力で守ってくれた。ベガ国の時も、アンダー・ゲームの時も。それだけじゃない。私の弱さも醜さも全部受けとめて『それが私の親友テッサ』だって言ってくれた」
ひとつはなをすすり、涙を拭った手でテッサは肩の髪を払う。
「心臓はなくても心はあるわ。ちょっとお金にうるさくて黒髪を地味だと気にしてて消極的なところもあるけれど、誰かを守る時は迷わない。ミグのやさしい心は私がわかってる。今度は私がミグを守ってみせるから!」
嗚咽ばかりがのどを突いて使い物にならない口を押さえ、ミグはただ震えた。このやさしさになんのためらいもなく甘えられた日々が今は遠く感じる。もどかしそうに頬のあたりをなでてくれるテッサの手は、触れていないのにとても暖かい。
それと同時に、壁がある安堵をどこかで感じていた。
その時、視界からそっと身を引こうとする影があった。「ヴィン」ミグは不安と焦りを乗せて呼び止める。気を失う前、ヴィンは傷つけたことも責めず絶望に染まるミグの言葉を否定してくれた。




